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本シリーズでは、新任管理職のみなさん、あるいはその育成に携わる読者のみなさんを想定して、初級から中級に至るマネジメント・スキルをご紹介しています。
第1 回となる前回は、基本となるマネジメントのループをイメージしてみました。そこでは中長期のループと短期のループの「2階層」を想定したモデルを提案し、変化の大きなこの時代、マネジャーは日常的に両者を意識する必要があるのではないかと提案しました。そのモデルが以下の図です。
ここでは中長期のPDCAの、P, Dなど各フェーズに対しOODAループが配されており、中長期のそれぞれの段階の内部でさらに細かなループを意識的に回して、変化に即応していかなければならない点を強調しています[1]。
さて、上図の中心に置かれた二重のループは、あくまでも「基本プロセス」あるいは「基本ループ」と呼ぶべきものです。このような業務プロセス(具体的にはメンバーへの「指示出し」や「権限移譲」、「報連相」への対応など)を淡々と進めるだけでチームがうまくいくなら、何も問題はないのですが、そうはいかないのが今日のマネジメントの難しさです。
当たり前のことなのですが、マネジャーは、チームメンバーに対しての対応や働きかけを怠るわけにはいきません。
特に近年、チーム管理の要件として急浮上しているテーマが、モデル図の右側に置かれている「心理的安全性(psychological safety)」と「エンゲージメント(engagement)」、そして初歩的な「コーチング(coaching)」です。どれも、今回のシリーズが主たる対象としている、初任レベルのマネジャーにとっては重い課題ではありますが、閉塞した経済環境の中で、これらの基礎的な理解は、どんなマネジャーにも欠かせなくなってきたと言えます。
もうひとつの大切なチーム対応の要素として、「各々のチームメンバーの育成計画」をどのように日常業務に組み込めば良いのか、という問題があります。これも重要な点ですが、こちらはプロセス(つまりPDCAのように計画に基づいて考えていく必要がある)の問題にも関わるので、上の3要素とは若干性格を異にします。のちに論じるとして、今回はこの3つの課題について、定義と要点を「さらっと」見ていくことにしましょう。
ちなみに、今回提案しているモデル図では、中心にマネジメントの「ループ」を置き、右側にチームメンバーへの「働きかけ」、左側にはこれらの「ループ」や「働きかけ」を支えるべき基礎的「能力要件」を置く、という構図になっています。中央のループ・モデルの構造については前回概略を述べましたので、今回はチームへの対応(右側)を見ていき、次回以降で「育成計画」や「それらを実現するのに、どんな基礎能力が求められるか」について簡単にご説明する……これが今シリーズの見取り図です。
なお、ここでは図の構成上、右側の4 つの「チームへの働きかけ」は単に並列されているだけですが、実際は互いに強い関係を持っています。
例えば「心理的安全性」が保たれれば「エンゲージメント向上」にも良い影響をもたらす、これは当然ですね。そうなれば自然に「メンバーの育成計画」遂行にもプラスになることも期待できます。当然、逆の関係も成り立ちます。
また「メンバーの育成計画」を推進するために「コーチング」が必要になるのも明らかで、両者が密接な相互関係を持つことは言うまでもありません(これについては次回、簡単にご説明する予定です)。
こうした関連を念頭に置きつつ読んでいただければと思います。
マネジャーが心がけるべき「メンバーの心理的安全性の確保」とは?
心理的安全性はハーバード大学ビジネススクールのA. C. エドモンドソン教授(A.C.Edmondson)が提唱して以来、注目を集め続け、近年はますますその重要性が増していると言われます[2]。というのも、昨今の経済環境では必要不可欠な、チームの創造性やイノベイティヴな意欲を発揮させるには、チームという「場」における、心理的な安全性が不可欠だからです。
なぜ心理的な安全性は不可欠なのでしょうか?
例えば多くの企業で、「こんな商品を作ったらおもしろいのでは?」という一社員の何げない一言が、結果的に大ヒットに結びつくことは少なくありません。ところが、その種の発言は概ね、最初はあまりにも無茶に見えたりくだらなく見えたりして、特に慣習重視のチームの中では、好意的には受け取られない傾向があります。周囲の目も冷ややかでしょう。
こうした新規な発想や意見への定型的な反応が続けば、やがて「言っても無駄だ」という心理につながります。冷ややかだけならまだいいのですが、マネジャーが地位を振りかざして「現実がわかっているのか」といった、明確に否定的な言葉を繰り返し投げつけるようなことになれば、メンバーは萎縮してしまい、このような言動が評価にも悪影響が出るのではと思ってしまいます。結果として、二度と新しいことに手を出そうとしなくなるでしょう。
安全性の低下が引き起こすのは「創造性低下の問題」だけではありません。管理者や先輩の判断が現実に合わないにもかかわらずそれを指摘することができないような環境づくりをしてしまうと、組織やチームが誤った戦略に基づいて行動したり、メンバーが学習性無気力(learned helplessness)と呼ばれる「ロボット状態」になったりしかねません。結果的に組織やチーム全体が置かれている危機的状況に気づかず、自分たちの存在を危うくする可能性もあるのです。いわゆる「ゆでガエル現象」も、こんな状態で起こることが少なくありません。
心理的安全性とは、このような「悪しき状態」、つまり「チャレンジや失敗をすると自分のチーム内の立場が危うくなったり業績に傷がついたりする」というリスクが抑えられ、一定の冒険が許容されている組織の状態を指します[3]。こうした「安全性」を危うくする要件としては、「笑われたりバカにされたりする」という比較的軽いものから「望まない仕事に就かされたり解雇のリスクが生じる」という重いものまで、さまざまなレベルのものがあります。現代のように経済的にも閉塞感が強くなった時代では、感情的にもイライラが募り、他者の意欲的な発言に対してもつい厳しい言葉を投げかけがちですが、こうしたことは、できるだけ避けるべきなのです。
もちろん、上司部下間に限らず、メンバー間の反対意見のぶつかり合いや議論の沸騰は、創造的なチームだったら頻繁に起こり得ることですし必要不可欠でもあります。「安全性が大切」と言っても、ホットなディスカッションまで禁じては、かえってチームの活力が落ちてしまいます。要するに配慮や限度の問題なのです。
そんなわけで、心理的安全性をチーム内に作っていく方法として役に立つと考えられるのは、「ルール作り」でしょう。的確な暗黙/明示のルールを設定することにより、「新規のアイディアが歓迎される」「ここまでのチャレンジは許される」「失敗もこのようなものならば良い」という枠組みや文化を作り上げることが必要だ、とエドモンドソン教授は指摘しています[4]。言うまでもないことですが、こうしたチャレンジの結果生まれた企画やアイディアを組織に取り上げてもらえる体制作りも重要で、こちらはマネジャーだけでなく組織全体の努力も求められます。ウィルソン・ラーニングが、武蔵野美術大学と行っている「創造的組織文化」に関する共同研究でも、創造的組織では、大小関わらず、実験的な行動が歓迎されるような文化が醸成されていることが確認されています。
ルール作りは初任の管理職にとってなかなか任の重い仕事ですが、ここで述べてきたように、創意工夫やイノベーションが求められるこの時代、重要性が増しているタスクだと言えます[5]。
もはや職場で「当たり前のコンセプト」になってきたエンゲージメント
エンゲージメントは近年広く、しかも頻繁に話題になりますので、読者のみなさんもよくご存じのテーマでしょう。
大まかに言えば「自ら積極的に仕事に関わろうとする意思(の継続状態と、そこから生じる心理的エネルギー)」であり、私たちのサイトでも、理論的な側面も含めてかなり大きく扱ったことがあります。よろしければ、詳細はそちらをご参照ください。
エンゲージメントとは? その重要性と高めるメリット・施策例を紹介
社内コミュニケーションの活性化でエンゲージメントを高めよう!
エンゲージメントの向上、すなわちチームメンバーが自ら積極的に仕事に関わろうとする意思を促すこと −−これは本来、メンバー自身も含め組織が一致団結して取り組むべき課題ですが、特にマネジャーにとって重要なテーマとなっているのが現代という時代です。
例えば何げない「励まし」や「チームメンバーの協働の促進」はとても重要です。リモート時代になっても、その大切さに変わりはないどころか、ますます重視されるようになっていくでしょう。メンバーの孤独感や不安を解消するという観点から見ても、このような働きかけが必要とされるからです。
またメンバーには、自分の仕事の価値をよりよく理解してもらわなければ、エンゲージメントの高まりも期待できません。その意味で、タスクの丸投げや説明不足はマネジャーにとって望ましい姿勢ではないでしょう。理想的には、チームや組織、そして可能なら社会に対しての仕事の意義まで説明できると、メンバーの意欲も促進されるはずです。また、これらは次項でご説明する「コーチング」とも連動するポイントです。
エンゲージメントの促進というと、いかにも初任のマネジャー・クラスには難しそうに聞こえますが、ふだんのちょっとした「声がけ」や明るい挨拶、十分なフリー・ディスカッションの機会の設定などで、メンバーの心理は大きく(よい方向に)変化することが、さまざまな調査分析、つまりデータサイエンスからわかっています。トライしてみてはいかがでしょうか。
コーチングは「教えること」ではなく、ものの見方を変化させる技法である
今回の締めはコーチングです。これも本格的にやろうと思うと専門的なトレーニングが必要になりますが、初歩的なものは多くの人ができるものですし、また必要とされるものでもあります。
最近ビジネス組織でも広く用いられるようになった「コーチング」の技法は、直接スキルや知識を教えるものではありません。スキル、技術や知識そのものを教えることが主眼の、いわゆる「インストラクション」とは違い、「目標の再認識」や「自己管理/セルフマネジメント」の方法をアドバイスする技術、つまり、相手の「物の見方を変化させる」技能なのです。この点、コーチングという用語の使い方が、野球など、スポーツのものとは違いますから、注意が必要でしょう。ビジネスのみならず教育全般において、コーチングとインストラクションは車の両輪と言え、両者が相まって効果を高めるべきものなのです。
例えば、心理的な壁に直面しているメンバーに「こう考えたらどうかな?」と視野を変えさせたり、チームの仕事の価値や目的を再認識させたりすることが考えられます(マネジャーから指示されている業務が、どんな価値を実現するためのタスクなのかを説明する、などです)。これらも立派なコーチングです。
また、メンバーの個人的目標(例えば「この分野で誰にも負けない人間になり将来的には情報発信したい」)と今の仕事を結びつけて、後者がきっと役に立つことに気づかせ、メンバー各人の目標遂行意識を高めることなども考えられます[6]。
前述の簡単な説明でも理解いただけるように、リモートワークで人が孤立し労働意欲も減退してしまいやすい現在、「コーチング」は、初任のマネジャーにとっても、ますます必要な時代になってきている、と言えるでしょう。もちろん、シンプルな、初級のコーチングから始めれば良いのです。チーム内のストレスの予防や低減にも役立ちますから。
まとめ:初任のマネジャーなら日常の小さなトライアルから始めよう
今回は、初級マネジメントに求められる活動のうち、最初に提示したモデル図で右側にリストアップした「チームへの働きかけ」を、主なものから3つ選んで概観しました。
冒頭に述べたように、これらはモデル図の中央の「計画遂行のループ」に伴う言動、例えば「指示」や「報告や連絡、相談への対応」などとは別に、チームを統括するマネジャーが、常時、心懸け遂行すべきものです。
そしてこれも本文中何度かお伝えしていますが、初任のマネジャーがいきなり高度な能力を発揮する必要はありませんし、可能でもありません。とはいえ、こうした能力は積み上げがききますし、人が働く職場であれば将来的にも必要であり続ける技能であることは、間違いのないところです。失敗を恐れず少しずつ実行してみる価値は十分にあるでしょう。
次回は、メンバーの育成計画に簡単に触れた後、モデル図左側の「基盤となる能力要件」の面から、マネジメントの基礎を考察する予定です。
- [1] この「ループ」に関わる「計画遂行のマネジメント(例:進捗管理)」については、近年ではほとんどの組織がデジタルなアプリケーションに依拠しているようです。つまりソフトウェアや組織のルールに左右されるわけです。権限移譲や報連相もこれらに連動しているでしょう。したがって本小論ではループ管理の技法面には詳しく触れず、マネジャーの能力的な側面に焦点を当てる予定です。
- [2] 「(心理的)安全性」という考え方は、エンゲージメントの理論化で有名なW.A. Kahn博士をはじめとして以前から使われていましたが(本シリーズでも過去に触れました)、近年この用語を専門家が使う際には、職場での精緻な理論として組み立て直し、1990年代から論考を発表されている、HBSのエドモンドソン教授の理論を参照する場合が多いようです。
- [3] 許される冒険の度合いは、後述するように、組織やチームごとに設定する必要があります。
- [4] ルール作りの具体的事例は、エイミー・C・エドモンドソン (Amy C. Edmondson)『チームが機能するとはどういうことか──「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』(英治出版 2014/5/24)や、同著者の『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版 2021/2/3)などをご参照ください。
- [5] 具体的なルールの定義は、もちろん組織の業種業態や組織の現状、目指す目標、そしてメンバーの仕事内容などに依存します。
- [6] むろん、これができるには、普段からメンバー一人ひとりの考え方や将来の目標などを、ある程度把握しておく必要があります。