主に新任管理職のみなさん、その育成に携わる読者のみなさんを想定して、初級から中級に至るマネジメント・スキルをご紹介する本シリーズも、第4 回を迎えることになりました。
第1回では基本となるモデル(図)を提案し、第2回、そして前回の第3回では、モデル図の右側に置かれた「チーム対応」に含まれる要素を、やや詳しく説明しました。
シリーズ各回はこちらから
- 基本のポイントを押さえよう
- 「チームへの働きかけ」が重要な理由
- 「マネジメントの能力要件」は今後どうなるのか
- 「観察」のフェーズ − それを支える「認識」能力とは(前編)
- 「観察」のフェーズ − それを支える「認識」能力とは(後編)
- ますます必要とされる能力「仮説構築」
- マネジメントは、ビジネス・スキルの総合アート?
今回はモデル図の左側「個人属性」の枠内にリストアップされた「能力要件」の一つに焦点を当てます。
<ここでひとこと!>
マネジャーとしての行動、つまり「プロセス」「ループ」以外にわざわざ抽象的な「能力要件」だけを、図のように「切り出して」ご説明するのには、わけがあります。
それは、これらの能力要件が、図の中心と右側の「マネジメント・プロセス」や「チーム対応」を支える「エンジン」になるからです。
このような能力要件にまで落とし込まれ定着した「普遍性の高い能力」があってこそ、出来事や環境の、さまざまなバリエーションや変化に対応できると考えられます。そして現代のような変化の時代には、このように抽象化され、広い範囲に応用可能になっている能力が、ますます必要とされるようになっている、と言えるでしょう。
今回は、マネジャーとしての能力要件を、特に「今どき」のビジネス&経済環境の視点から見ていきましょう。
マネジメント – 変化の時代で「観察」と「気づき」の重要性が増している
現在の業務サイクルは「計画などノンビリ立てていられないよね!」という考え方に傾き始めています。
OODAのような、「計画」というフェーズを明示的に入れないモデルが、伝統的なPDCAに代わる業務サイクルとして注目されているのも、その一例です。
とはいえビジネスにプランニングは必須です。本シリーズでは現実的に計画作りの必要性も考慮し、その観点でモデルを提示しています。一方で最近提案されている業務サイクルのモデルを見ると、いわゆる「速度感」以外に、ある種の共通性があることに気づきます。
それは一言で言えば、現場における観察力や判断力がより重視されている、ということでしょう。第1回でも指摘したように、組織構造がチーム主体の「ネットワーク的」なものになるにつれ、各々の現場のチームの指揮官、つまりマネジャーの「変化への対応力」が問われるようになっているのです。
実際、OODAサイクルの最初の段階はObserve(観察)であり、次のOrientも、管理者自らが「こっち方面に行こう」と判断することが求められています。
これまでの「計画作り」(P)から入るサイクルでは、どうしても「上意下達」の計画を(あまり周囲も見ずに)ブレイクダウンしてこれを粛々と遂行していくというイメージがつきまといがちです。
そのようなイメージを払拭するためにも、各々の個人の洞察力と自律的な判断・行動を前面に出す理論モデルの方が好まれるようになっているのだと思われます。その第一歩となるのが、「観察」です。
重要性が高まる「観察」のフェーズ − それを支える「認識」能力とは?
求められる能力要件の第一は、観察を支える能力 −「認識」です。英語の心理学用語では、PerceptionもしくはCognitionと呼ばれる能力で、このふたつの概念には、厳密には情報処理の深さやメカニズムのニュアンスに違いはありますが、ここでは両者は同じであると考え、「何が起こっているのか正確・的確に把握すること」と定義することにしましょう。
定義から、この能力が「観察」において、第一歩として大切なものであることは明らかでしょう。
ビジネスマンに限らず、可能な限り正しい認識を行うためには、情報分析も含めて、入ってくる情報を精査するだけでなく、「情報に偏りがないか、情報源は間違っていないか」などを常にチェックします。問題がありそうだったら、自ら確実な情報を探しに行く必要があります。ビジネスの場合、それらを限られたタイム・フレームの中で実行しなければなりません。
近年は正確不正確を問わず、雑多な情報がネット上に出回り、情報源を明らかにしないまま情報を使い回す人も多いので、情報のクオリティ確認は必須要件でしょう。
意思決定の質にも関わる事柄ですから、マネジャーは常に情報源のチェックを心がけ、誤った、あるいはフェイクの情報に振り回されないようにすべきでしょう。
情報といえば、マネジャー自ら、セキュリティに配慮している姿勢を示す必要もありますが、今回のシリーズの主題ではありませんので、別途扱うことにしましょう。
ただし、今後重要になりそうなテーマとして「データサイエンスの利用」があります。既にその流れは始まりつつありますが、近い将来には確実に、データサイエンスの技法の利用(特に数値やグラフの読みとり)が、広く一般組織のマネジャーにも求められる時代が来るのは間違いありません。
そしてもちろん認識すべきものは、デジタルや紙ベースのものだけではありません。他者の表情や動作、チームの雰囲気、ストレスの有無など、人間関係においても読み取るべき対象は無数にあります[1]。これらについては、近代社会の核家族化や子どもの減少により、生来のトレーニングや経験値が不足している若者が多いという意見もあり、今後は(不測の事態を予防するためにも)一般企業においても意識的な訓練が必要になるかもしれません。
いずれにせよ重要なのは
「変化あるいは変化の予兆を見逃さない」
という点でしょう。認知科学における情報の処理や分析はそれだけで書物が何冊も書けるほど奥深い話題ですので、短い小論では詳しく論じられませんが、ここでこの「変化を見逃さない」点に関わる事柄として、特記したい事柄がひとつあります。
- [1] 学問的にも、表情や動作の読みとりは重要なテーマで、たとえば表情についてはポール・エクマン氏(Paul Ekman)(海外ドラマ「ライ・トゥ・ミー」の主人公のモデルとなった方です)の一連の研究が、(少なくとも専門家の間では)とても有名です。ただし、怒りや喜びはともかく、他の微妙な表情が文化普遍的なものかどうかについては、未だに議論があります。