初めて管理職になったら読むシリーズ⑤「観察」のフェーズ − それを支える「認識」能力とは(後編)

2022年12月20日

「観察」のフェーズを危うくする認知バイアスについても知っておこう!

観察の重要性が叫ばれ、それを支える認識能力の意義が増すにつれ、しかも時間が限られている状況では、「認知バイアス(cognitive bias)」の問題が無視できないものになってきています。
最近では、一般にも広く認知バイアスの問題が知られるようになりました。既に入門的な書籍がいくつか出版されているのも、ビジネスにおいても、個人個人が状況を正しく認識することの必要性が増しているからでしょう。

認知バイアスの研究の、先駆にしていまだに基本となっているのは、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)とエイモス・トヴェルスキー(Amos Tversky)両氏[1]の「プロスペクト理論(prospect theory)」で、これは人間の意思決定の本質に迫る抽象的な体系です。
一方、ビジネスマンにとって、より身近な認知バイアスとして、特に変化を見逃さないために注意しなければならないものが、いくつかあります。これらについてもカーネマン氏たちの功績は大きいものがありました。
代表的なものを4種類ご紹介しましょう。

第1は「確証バイアス(confirmation bias)」です。人は自分にとって都合のいい情報だけを処理し、それで「重要な情報はすべて確認した、私の判断はやっぱりOKだ」と思ってしまう傾向があります。これを確証バイアスと呼びます。
特に顕著なのは、自分の信念に合う情報や、自己評価に沿った情報しか受けつけなくなる傾向です。例えば、何か意思決定した後など、その決定と矛盾しない情報ばかり耳に入れ(現実に即した正しい情報でも)自分の判断にそぐわないと、「耳に入らない」「入っても素通りしてしまう」「記憶に残らない」という現象が生じやすくなります。こうなった場合、どんなに危険な結果になり得るか、明らかでしょう。

第2のバイアスは「正常性バイアス(normalcy bias)」です。人は何か異常事態に対峙するような状況に置かれても「たいしたことにはならない」「このくらいは平気だ」と考える傾向があります。この正常性バイアスが問題になるのは大きな災害に巻き込まれそうになった時で、「逃げ遅れ」などに繋がります。
正常性バイアスは、社会心理学やリスク心理学では非常によく研究されているテーマで、現実に幾つかの自然災害(例:噴火や津波)で多くの人的被害が出たのも、正常性バイアスが一因だった可能性が高い、と言われます。

私たちの日常の仕事でも、何かまずいこと(例えばチーム内の不和、メンバーの過労、お客さまの不満の鬱積や離反など)が起こっている兆候があるのに「これくらい大丈夫さ」と目をふさいで放置してしまったら、取り返しがつかない事態に陥りかねませんね。もちろん心配しすぎもいけませんが、対処の遅れも危険です。現実から目を背けるのではなく、きちんと分析・判断する必要があるのです。

第3は「アンカリング(anchoring)」という認知バイアスです。「直前に入ってきた情報や、とりわけ印象的な情報に判断が引きずられてしまう」現象を指します。
アンカリングは、ビジネス現場でもよく見られるバイアスで、例えばマネジャーの場合、チームメンバーを評価する際など、目立った行為や直近の結果だけに目が行きがちになるのも、その典型的な現れのひとつです。また、たまたま直前に「これが売れている」という言葉を耳にし、それがあまりにも印象的で、よく確かめないで意思決定してしまうなどの行為にも、このアンカリングが関わっていると言えるでしょう。

第4のバイアスは「帰属バイアス(attribution bias)」です。
帰属(attribution)は実験社会心理学における中心テーマのひとつで、日常非常時を問わず、人間の因果推論(causal inference)、つまり結果から原因を推定する人間心理を支える、とても重要なメカニズムです。
例えばチームメンバーが、何かミスをしたとします。その原因を、マネジャーは無意識のうちにも、いろいろ推定することでしょう……そのメンバーの能力(スキルや知識)の不足、やる気不足、周囲の環境の問題(たまたま邪魔をする人がいたなど)、お客さまとの相性の悪さ、運の悪さ……などなどです。こうした原因の推論を「原因帰属」と呼び、社会心理学においては膨大な研究の積み重ねがあります。そして、この際に起きるバイアスを生む要因がたくさんあることも、わかっているのです。

ここで、マネジメントにおいて重要な例をひとつ挙げましょう。
人間は他人の行動の結果の原因を、本人の能力や性質に帰属させやすい傾向があります。逆に言うと、環境要因やタイミングなどの「人以外」の影響があったとしても、その度合いを少なめに見積もりがちなのです。何かがうまく行かなかった時だけでなく、成功した時にもそうなのですが、特に失敗の原因帰属については、この傾向が顕著になります。

読者のみなさんは容易に想像できると思われますが、マネジャーやリーダーという立場になると、このバイアスの影響が、しばしば問題になる場合があります。例えばチームメンバーがミスを犯した時、本当は別の事件が引き金になっていても、「本人のやる気がなかったんだ」「能力不足だったんだ」と考えやすくなります。
もちろん、ミスを犯した当人の今後の成長のために、「こんな場合には、こうした方が良かったんじゃないか」と、「より良い行動の可能性」を指摘するのはリーダーとしてすばらしい指導方法と言えますが、状況をよく確かめないで、本人の能力や意欲「だけに」理由を求めて「やる気が足りないからだ」などとけん責するのは、無意味なだけでなく、上司としての見識を疑わせるきっかけにもなりかねません。

まとめ:マネジャーができるだけ事実に即した「観察」を実現させるには?

このように認知バイアスは日常的に見られがちな現象で、友人間や家庭内でも見られるものです。ほとんどは些少で大きな問題になりませんが、タイミングや状況によっては、重大な結果を招くこともあります。

特にマネジャーの「観察」場面では、変化の察知が大切ですから、認知バイアスによって変化の存在や方向性の認識を誤っていたら、問題解決できず、拡大する危険もあるでしょう。
では、どうしたら認知バイアスを避けられるでしょうか? いろいろな研究はありますが、第一に必要なことは、どんな意思決定場面にも「認知バイアスが現れる可能性がある」ということ、さらに「状況の特性ごとに、どのような方向に、どんなバイアスがかかりやすいか?」を知っておくことでしょう。

いずれにしても情報不足なども避けられませんし、現実の「観察」のフェーズにおいて「100パーセント正解」など、まずありえないでしょう。だからこそOODAのように、素早くループを回して、常に「再」観察を繰り返し、方向を調整し続ける必要があるわけです。
言い換えると、「言われるまま、ひたすら突進」という姿勢は、価値観や主義主張のそれならともかく、これからの時代、ビジネスの意思決定では控えるべきであり、マネジャーは常に「これで正しく現状を把握しているのだろうか?」と自問し行動を調整すべきだと言えるでしょう。右往左往するのは避けなければいけませんが、状況把握を怠ってはいけないのです。

さて、次回は、冒頭のモデル図における、他の能力要件を概観していく予定です。モデルの他の部分は、現代でも古くからのマネジメント理論で言われている内容とそれほど違いがないと考えられるので、特筆すべきポイントに絞って考えていきましょう。