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新任管理職のみなさん、その育成に携わるみなさんを想定して、初級から中級に至るくらいの、マネジメント・スキルをご紹介するシリーズ、ついに最終回となりました。
ここまで基本となるモデル図に沿ってお話してきましたが、最終回は、残りの「個人属性」について、現代的な観点からポイントを概観していくことにしましょう。
「計画を立てて意思決定する力」は、依然としてマネジャーの必須能力
「計画と構成」は、チームに課せられた目標を達成するのに必要な計画(多くは月や週単位のスケジュール付きでしょう)を立て、そのために必要なリソース(ヒトやモノ、お金)を大まか/詳細に割り出す能力です。
この時点で「この仕事にはこの人」というように、メンバーの名前まで決まることも多いかもしれません(小さいチームであれば最初からメンバーがほぼ決まってしまうことが多いですが、大きなチームとなると、誰を、あるいはどの「部分チーム」を割り当てるか、慎重に考える必要があり、ここではその仕事を含め「構成(organization)」と呼んでいます)。
一方で、具体的な手立て(たとえば任せる外注先をAにするかBにするか)を選択肢として過不足なく案出し、最適と思われるものを選ぶことについては、計画立案とは別の能力が必要です。なぜなら、これは計画があろうがなかろうが、毎日のように、しかも誰にでも必要になり、当たり前のように使っている能力なのですから。
たとえば私たちはランチタイムにおいて、プランなどなくても「何を、どの店で食べようかな?」を考え、「これを食べる」と決断しています。誰もが日常的に利用している力ですが、これこそ「意思決定」能力です。
日常的に使う能力とはいえ、必要な情報を十分に集めて選択肢を過不足なく挙げ、評価して最善の決定をすることは意外に大変な認知的作業ですし、その人の役割や状況によっては、決定が組織や国家の行く末まで左右しかねません。
そこでこの一連のプロセスが、心理学では広範な研究対象となっており[1]、「どうしたら合理的な意思決定ができるか?」について、特に欧米では盛んに研究されています。
ちなみに、前回触れた「ヒューリスティクス(heuristics)」という心理学的概念は、この意思決定過程の「ショートカット版」と考えても良いでしょう。
この「意思決定」の能力と密接に関わるのが、「判断力」です。
一般には「意思決定」と組み合わせて考えられる能力ですが、本シリーズではあえて別に切り出しました。というのは、前回の「仮説構築」でも検討しましたが、この激変する時代環境の中で、しかも時間も限られている状況では、パーフェクトな情報を得て十分に選択肢を検討した上で意思決定するという理想の形を実現することは、なかなか難しいと考えられるからです。
実際、制約が多過ぎて、どう考えても不十分な選択肢が、ひとつしか手に入らないことさえ、しばしばあります。
不完全な手立てしかない環境で大切になるのが、選択肢の価値と達成確率、リスクなどを評価する能力、そして少々ベタな表現になりますが、決断力(英語で言えばdecisiveness)のような要素です(まさに「ヒューリスティクス」で必要になる能力で、前回ご紹介の「仮説構築」とも関係があります)。
これらを統合した能力を、本論では「判断力」と呼んでいます。
言うまでもなく、これはどんな意思決定プロセスにおいても必要になる能力ですが、ことに不確実性の高い環境では必携の能力です。
実際、ある程度の「エイヤ」が必要になる状況での意思決定においては、「この選択肢には、組織やチームのビジョン・価値観から見て、どれだけの意義や価値があるか、達成できる確率はどのくらいに見積もられるか、もしも達成できなかった場合の損失はどのくらいになるか」といったことについての「大ざっぱな見積もり」が不可欠になります。
「十分に行ける(行くべきだ)」と考えた場合に前に踏み出す勇気も重要になるのは、言うまでもありません。
こうした、ある意味で乱暴な決断に際して(もちろん、十分な時間と情報が得られている決断の際にも)必要な「これで行くと決める力」を、ここでは「判断力」と呼んでいるのです。
さて、これまでに考察した「認識」「仮説構築」、そして今回の、「計画と構成」「意思決定」「判断力」などは相互に密接にからみ合っており、互いに他を支え合い促進し合う関係にあります。本来は切り離しにくいものですし、マネジャーとしての経験を積み重ねるにつれ、同時に伸びていくことが多いでしょう。
とはいえ、心理学や組織論では、それぞれが独立した研究テーマとして扱われるのが普通なので、ここでは別々に扱っています。
「相手の考え方や思いを察知して的確に対応する能力」も、マネジメントの基礎
ここまでで扱った能力要件は、どちらかといえば、チームメンバーとの直接のやりとりよりも、マネジャーが単独で「データや情報と取り組み合いつつ実行する活動」を支える能力要件と言えます。
マネジャー個人の、「情報処理や情報の創出」といった側面が強いもの、と言っても良いでしょう。
他方でマネジャーは、チームメンバーたちに働きかけ、みんなの意欲を高めていかなければ、職務を遂行することができません。
また組織の上層部とのやり取り(報連相もそのひとつですね)や、他のチームとの良好な人間関係に立脚した連携なども必要でしょう。
要するに「ほかの人との協働関係を、より良いものにする能力」がとても大切になるのです。このことは、本シリーズの前半で扱った「エンゲージメント促進」などの、現代のマネジャーとしての大切な仕事を見れば明らかでしょう。では、こうした活動を支える能力要件を、ざっと見ていきましょう。
まず「対人対応力」とは、人間関係を支える能力のうち「コミュニケーション能力」以外の部分を指すと考えてよいでしょう。
ジェスチャーや表情もコミュニケーションに含まれますので、そうしたものも、ここでは除外することにしましょう。
具体的に言えば、「相手はどんなことを考えているのか」、「どんな仕事の仕方を好んでいるのか」、「どんな人間関係を望んでいるのか」など、相手が望む職場関係や行動パターンを察し理解した上で、それに対応した行動方針を立案する能力です[2]。
むろん、これはマネジメントのみならず、人間関係一般に必要な能力ですし、一朝一夕に身につく能力ではありませんが、いろいろな知識を身につけておくと役に立つ場合があります。
一例を挙げると(100%確実ではなくても)「性格分類」が有効なことがあり[3]、また相手の価値観や「仕事に求めているもの」、キャリアパスに対する姿勢などを日頃から知っておくと、発言の意図を推察する助けになることが多いでしょう。
これからのマネジャーは、チームメンバーが自律的に行動するように、モチベーションを高めていく役割を担わなければなりません。メンバー各々のマインドや行動パターンをよく理解した上で、的確に対応する必要があると言えるでしょう。
マネジャーを支え、しかも激変するビジネス社会で必須となる能力は?
モデルの説明上最後になる「柔軟性」と「コミュニケーション(口頭&文書)」ですが、これらは能力要件すべての「下支え」もしくは「促進剤」的な役割の能力要件と言えます。本論では、すべての能力要件の土台として、図の左側、一番下の位置に置いています。
「柔軟性」というと、自分の方針にこだわらない柔軟な行動力のこと、と考えられそうですが、近年のビジネス心理学における「柔軟性」は、(そうした行動も含みますが)定義が少々異なります。
主として、ストレスフルな状況に出会った時にでも、そのストレスによる自分の心理変化を、的確にコントロールする能力を意味することが多いのです。
ご存じのように、ストレスの中には、強い怒りを招いたりトラウマや鬱状態を引き起こしたりする危険なものもあります。
それを「柳に風」のように受け流したり、ストレス源の情報の解釈を変えたりするために開発されたさまざまな技法が、すでにいろいろあります[4]。
今やビジネスパーソンには必携と言える「レジリエンス」にもつながりますから、特に昨今のストレスが高まりがちなマネジャーには、必須の能力と言えるでしょう。
さて、いよいよ今回提案のモデルで最後に掲げている能力要件までやってきました:「コミュニケーション」です。
口頭と文書いずれも重要なのは言うまでもなく、とてもこのような小論の一部では扱いきれない広大なテーマですが、ここでは近年になって特筆されているポイントをいくつかご紹介します。
まず「口頭コミュニケーション」ですが、リアルな「口頭コミュニケーション」については、従来の伝統的なコミュニケーション・スキルが現代でも通用します。一方、バーチャルな「口頭コミュニケーション」については、コロナ禍が始まって以来のいろいろな調査でわかってきたのは、やや意外なことだった、と言ってよいでしょう。
当初、盛んに言われていたような、相手に意図を伝えるための説得術やオーバーアクションの必要性は、考えられていたほど大きくありませんでした。
むしろ「相手の思いを引き出し、聞き取る」ための「リスニング」が、特にリモート会議では難しく、しかも重要だったのです。アクティブ・リスニングの技法が注目を集めているのも当然だと言えるでしょう。
なんとか相手を説得しようと画面でオーバーな身振りをしたり一方的に喋ったりするのは、仮に説得が必要な場面でも、まったくの逆効果のようです。
むしろネットワーク越しという「隔靴掻痒」の場面では、相手の真意を引き出すと同時に、相手の会話への興味関心と集中力を高めてもらうのが先決だし、それも簡単なことではない、と言えるでしょう。この点は他の記事でも扱ったことがありますので、よろしかったらご参照ください。
最後に「文書コミュニケーション」。
これには文字通りのドキュメンテーションだけでなく、メール、チャット、SNSなどデジタル媒体の書き込みも含みます。またリモート会議で相手に見せなければならない資料(例えばプレゼンテーション用のスライド)の作成も含まれます。これらの技法の重要性がますますアップしていることは明らかです。
デジタルの文書作成の場合、どんなスタイルが適切だと言えるのか、今のところその研究は始まったばかりです。メディアごとの特異性がある上に、そのメディア自体、種類が増えたり技術が刻々と変化したりしているので、一筋縄ではいきません。
常識的に言われているのは、「簡潔であってしかも相手の立場を慮った、わかりやすい文章を書く」ということでしょう。
マネジャーが簡潔に書こうとするとツッケンドンな命令調になりがちですが、ひとこと「よろしく」や「頼みます」などの言葉を入れるなど、配慮が必要です。またツイートやコメントではないので、それらに慣れている場合、的確な「てにをは」の入れ方や漢字の知識など、作文の作法を思い出すことも重要かもしれません。基本ですね。
まとめ:マネジメントやリーダーシップは「巨象」のような広大なテーマ
今回は、初級マネジャーのマネジメントについて、理論モデルをもとに駆け足で見てきました。幾つかのテーマについてはやや詳しく取り上げましたが、できるだけ全体像を提示することを目標としました。したがって今回は取り上げなかった、より目立たない能力要件やスキルもあることは、注記しておいたほうが良いでしょう[5]。
ざっと見てきただけでも読者のみなさんにはお分かりになるように、マネジメントは、ビジネス・スキルの総合アートと言っても良い、高度な技能と言えます。しかも(今回は趣旨が異なるので触れませんでしたが)、マネジャーとなるには、マネジメント・スキルに加えてリーダーシップやマネジャー自身のモチベーション、価値観、ビジョンなどが関わってきます。これらをまとめると、マネジメントの研究は「現代の総合人間学」と言えるかもしれません。
弊社はこれまでもさまざまなマネジメント関連の研究開発に携わってきましたが、今回のモデルはその一端に過ぎません。
リーダーシップも含めた「組織やチームをけん引すべき人物の要件」はとても大きなテーマで、今後もさまざまな角度から探っていきたいと考えます。
- [1] 入門書としては、例えば「意思決定トレーニング (ちくま新書)」(筑摩書房2014)などを参照ください。また近年はベイズ確率論やゲーム理論を使った意思決定モデルが盛んに研究されていて、数理的に高度な分析も行われています。とくにビジネスに関連がある分野としては、消費者の意思決定過程などが、主にマーケティング心理学の専門家などによって研究されています。
- [2] 厳密に言えば、実際に対応して行動する場合は、最後に説明する「コミュニケーション能力」が必要になります。ここではあくまでも「相手を理解し、どうすれば相手が動きやすくなるかを考えるところまで」を想定して議論している、とご理解ください。
- [3] 弊社も、「各人が人間関係に於いて好む行動や発言のスタイル」に基づいた分類を長年用いており、有効性を検証してきましたし、現在も膨大なデータを蓄積し続けています(ただしこれは、あくまでも外に現れた言動の分類であって「性格の分類」ではありません)。このような分類の有効性が、とくにビジネス場面でかなり高いのは、確実と言えます。
- [4] このような技法群はまとめて「コーピング(coping)」と呼ばれることも多いようです。「柔軟性」を高めるための心理的な「戦略や戦術」をコーピングと呼んでいると言っても良いでしょう。
- [5] 細かいところでは、エチケットやマナーのような基本行動も入るでしょう。