これからの組織における「大人の学び」⑤大人の経験学習の、今後のさらなる「組織的課題」とは?

2022年1月11日

「ハイブリッド環境」時代の経験学習のモデルとは? ━ 理論モデルの試案

第2回から第4回までの考察を基にした「変形コルブ・モデル」をここに掲げておきます。もちろん、これは「一試論(あるいは私論)」であり、あくまでも参考としての意味しか持ちません[1]が、本論の議論をまとめれば、この図のようになることは間違いないでしょう。

この図では、中心にデヴィッド・コルブ博士の4つのフェーズからなるモデルが位置しています。氏のモデルそのものは変えていません。
外周の円環は、この「ハイブリッド環境」[2]の時代に、組織、とりわけ教育を提供する立場の方々やリーダーのみなさんに、今まで以上に求められるようになると予測される、(特に経験学習に焦点を当てた)活動を示しています。これらはすべて、今回のシリーズで言及してきたものです。

今回のシリーズで注目したのが、円環上に配置された6つの青い矢印で示されている活動でした。これらはむろん、リアルな経験学習を置き換えるものではなく、それを補完しパワーアップするものなので、この図でも、そのようなものとして描いています。

なお、上図の6つの矢印の中でも「人工的な経験・シミュレーション」はこれからの経験学習の重要な要素になると予想され、いろいろな場面で使うことができるものです。とりわけ経験学習サイクル一周の第1、第4フェーズには有効に使えるはずですから、上の図でも2回登場しています。この場合、2回の中身は変えても良いし、同じシミュレーションを使って「成長度合い」を確認するのも有効でしょう。

シリーズのまとめ:大人の経験学習の、今後のさらなる「組織的課題」とは?

これまで何度か指摘したように、これからの経験学習は、企業に所属するビジネスパーソンの場合、OJTとして現場に一任するのが難しい時代に突入すると予想されます。個人作業が大幅に増える反面、リアルにしろ、バーチャルにしろ、人との協働の経験が(何もしないと)大幅に減ってしまいそうだからです。そんなわけで、今回のシリーズでは「設計された経験の提供」を中心に、対応策のひとつについて論じてきました。

ここで、今後の経験学習に予想される、さらなる課題を、2点上げておきたいと思います。

第一は、個人の学習意欲の問題です。
今回、時代の環境変化に対応するための、近未来の経験学習の姿をいろいろ検討してきましたが、どのような方法論をとるにしても、個人ベースの業務が増える中での学びは、結局は個人の成長意欲に左右されます。

要するに「少しでも自分のスキルや知識、能力を高めたい」と常に願う人と、そうでない人とでは、大きな差が生まれるということなのです。これはリアルな職場環境でも起きていたことですが、場を共有していてその気がなくても熟達者の行動が目に入りイヤでも直接指導が受けられた時代とは違い、(孤立した環境での業務が増えることにより)「意識して」情報に接しようとしなければ、経験学習そのものが成り立たない時代が到来しつつあるのです。

自由度が高まる分、ビジネスパーソン一人ひとりの資質や意欲が本当に問われる大変な時代に入ったと言えますが、それでも、組織にもできることはたくさんありそうです。

特に学習意欲の維持や向上の面で言えば、「仕事に積極的に関わっていこうとする意欲」つまり「エンゲージメント」のモニターとコントロールが、組織にとっては活動のポイントになります。エンゲージメントが低下してしまうと、仕事関連の学びへの意欲も、当然、連動して落ちるからです。

このような場合、モチベーションやエンゲージメントについての、データを使ったモニタリングや分析、そして素早い対応策の立案は、経験学習という観点で見ても、極めて有効な手段になるのは確実です。それが、図の外周の円で表現した組織の活動の大切な要素になるでしょう。

第二の課題は経験学習の本質に関わるそれです。
突然になりますが、知識にはいろいろな分類方法があり、「形式知」と「暗黙知」の分類もその一つです。
「形式知」は「言葉で説明できる知識」で、学校の授業で習う知識の多くはこれだと言っても良いでしょう。
他方の「暗黙知」は本シリーズの第2 回で取り上げた「認知的なフレーム」や「スキーマ」と考えて良いでしょう。「具体的に言葉にするのは難しいものの人間の認知の土台や枠組みを形作っている知識」を指します。ちなみに「形式知」「暗黙知」という二分法は、ハンガリー出身の化学者・科学哲学者のマイケル・ポランニー氏[3]によって提唱されました。

コルブ氏のモデルが、主にフレームやスキーマの習得をターゲットとしているところから、それが主にこの「暗黙知」(「経験知」とも呼ばれます)の吸収や内在化に関わるものであることは明らかですね。
「暗黙の」知と言われるぐらいですから、それこそが(一般のビジネス環境で言えば)「経験学習」で身につける知識に対応します。仕事をしながら「自然に」身につけていく知識やスキルを指しているわけです。

ところが昨今のビジネス環境は、急激な変化の連続です。マナーや人間のコミュニケーションの中身はそんなに変わらないにしても、仕事のプロセスや方法論まで無反省のままで良いとは限りません。私たちが置かれているのは、これまでの環境に「過剰適応」[4]しているかもしれない「暗黙知そのもの」の有効性やクオリティが問われている時代だと言っても良いでしょう。

組織風土の中には、社会的に見ても大いに価値があり、これからも有効で守っていくべきものもたくさんあります。一方で、環境の変化が小さく人海戦術が可能だった時代の習慣も少なくないはずです。

その意味で、本論で予測したような、企業の学習、とりわけ経験学習の急激な変化は、組織のみなさんにとっても、継承していくべきものを見直すための、良いチャンスになるかもしれません。以前ならほぼ無意識に受け継がざるをえなかった要素を、意識的に見直し、設計して学びに結びつけなければならないからです。もちろん、これまでは「やってこなかった」あるいは「できなかった」ことを、新しい経験学習に組み込むチャンスにもなるはずです。
本論が、そのためのお役に、わずかながらでも立つなら、幸いです。