これからの組織における「大人の学び」④「設計された経験」から「気づき」の促進へ

2021年12月21日

本シリーズでは、アダルト・ラーニングと呼ばれるものの中でも、特に今回のコロナ禍で改革を迫られることになった「職場での学び」に焦点を当てて、その近未来の形を探ろうとしています。

これまでの回で、職場の学びの中心とされている「経験学習」について検討し、特にそれを支える理論的「定番モデル」とも言えるデヴィッド・コルブ博士のモデルを概観し、その近未来型を検討しました。

本シリーズは次回で最終回となりますが、この2回で引き続きその検討を続けるとともに、締めくくりとして、現在という時代、経験学習そのものに突きつけられている大きな課題に言及します。

前回の復習、そして「設計・計画された経験」から「気づき」の促進へ

前回、今後の経験学習モデルには、「経験を科学的に設計しそれを提供するステップを、意識的に組み込む必要があるのではないか」と提案しました。

なにしろリモートワークや組織の分散化で、個人作業が大幅に増加するために、他の人とのコラボレーションの経験を積む機会が不足しそうな情勢です。
その一方で、これからも仕事においては、リアル/バーチャルにかかわらず、チーム内での連携、お客さまとのやりとりや交渉が中心のタスクであり続けるのは間違いないのですから、この問題は見過ごせません。特にリアルなOJTが難しくなることも影響して、「若手の経験不足」は今後深刻な課題になりそうです。

そこでこれからの経験学習では、自然に遭遇する経験に加えて「デザイン(設計・計画)された経験」が必要になるだろう、というのが前回の内容でした。現在でも頻繁に行われる「お客さま対応のロールプレイ」などがその一例ですが、今後はもっと多様な業務について、しかもデジタル技術、特にXR技術なども積極的に導入しながら実施する必要がある、というものでした。

もちろん「人工的に」設計された経験でも、現実的な、できる限り真に迫ったものでなければなりません。また、限られた時間の中で行う以上、効果にも配慮する必要があります。どちらにも、科学的知見とデータによる「裏打ち」が必要になるのは明らかです。これらの点についても前回触れました。

ところで、デヴィッド・コルブ氏が提案された「経験学習のモデル」では、得られた経験を内面化するためのステップ(「内省的観察」と呼ばれます)が必要でした。たとえば、お客さまとの折衝場面のロールプレイをした後で、周囲の反応を踏まえ、「自分の対応のどこが良くて、どこが悪いか」を、いったん現実を離れてじっくり考える機会が必要なのです。

このような「振り返り」は、一人で実行するより、リーダーやエキスパートが同席した方が良いと言われます。「あれは、こうした方が、もっと良かったんじゃない?」「こういう能力が不足してるんじゃないかな?」といったアドバイスが効果的だからです。「経験した事柄」という漠然とした記憶から「これだ!」というポイントを見抜いて改善/変革する作業を一人で行うのは、なかなか難しいようです。
とはいえ、リアルな環境でずっと同じ空間を共有している場合と違い、リモート環境では、こうした熟達者との振り返りが十分にはできません。社内の熟達者はたいてい組織にとっても重要な役割を担っていますから、時間をわざわざ空けてもらって、というのも難しいく、可能だとしても一言、二言ポイントを指摘してもらうのが精一杯でしょう。

そこで「気づき」を促進する「何らかの補助手段」が必要になる、ということで、「自己認識のためのアセスメント」がさらに広く用いられるようになるだろうという予測を立てました。

アセスメントと言っても、お堅い評価シートのようなものだけをイメージする必要はなく、ゲーミングやシミュレーションでも良いかもしれません。そのようなものでも今後は能力が測れるようになると考えられているからです。
以上が、前回までの内容の大まかなまとめです。

この「気づきの促進」については(すでに行われている組織も多いと思われますが)将来的には、SNSやメール、チャットの利用も増えそうです。リーダーや先輩が「ここ、こんなふうに見えたけど、こうした方が良かったかな」と文章で指摘するイメージでしょう。

ただし、この種の書き込みは、ポイントを押さえて行うのは難しく、また口頭に比べて反応がリアルタイムで見えない分、相手への配慮が余計に必要になるので、難易度も上がりそうです。今後は、こうした「文書による指導・教育方法」も広くトレーニングの対象になるかもしれません。

学習のデジタル化が進み、「経験による学習」と座学の境界が曖昧になる

教育の理論には、「同期学習」「非同期学習」という重要なコンセプトがあります。前者は主に教室学習[1]を指し、後者は、多くの場合eラーニングを指すのですが、これからの非同期学習の概念は、いわゆる座学を超えて、経験学習の領域にも広がりそうです。

つまり、今後のアダルト・ラーニング、とりわけ企業学習は、「ここまでは座学」「これは経験学習で」という区分が曖昧になり、明示的な知識の習得(=座学)、経験学習にかかわらず、「個人が一番都合の良い場所と時間で行う」方法論が広まっていく可能性が高いと予想されるのです。

そんな世界では「経験学習」の姿も変化し、「教える人」の代役もしくは補助となる存在が、しばしば必要になるのも当然でしょう。

たとえば上記のような自己評価のシステムを使って、「なるほど、自分のここが弱いのか!」とわかったとしましょう。
その時「このやり方がダメだったのなら、本当はどうすべきだったのだろう?」という疑問が湧くのは当然です。また「このポイントについて、もう少しわかりやすい情報、深い情報が欲しいな」「ココ、誰か教えてくれないかなあ」と考える人も多いでしょう。

こんな時、将来的には人工知能が先生役を演じる未来も想定できますが、当分の間は、やはり何らかの情報源、それも「実際の仕事場面に即した学習の方法論」が必要になるでしょう。
その一つは何らかの学習コースなどに登録して学ぶことですが、経験学習の枠内で考えると、「ピンポイントで気になるところだけ素早く学びたい」と考えたくなるのは自然です。というのも、そうした「自分の弱点」に気づいて何とかしたいと考えるのは、まさに仕事の最中であることが多いからです。実際、OJT(On-the-Job-Training)は、熟達者からの指導がすぐにその場で得られたからこそ、成り立っていたわけですから。

こうしてみると、いわゆる「マイクロラーニング」へのニーズの高まりも、経験学習の一環として理解されそうです。教室学習やテレビ会議を使った講習などの、これまでの「座学」を置き換えるというより、むしろ「経験学習」の効果を取り戻し、高めるための方法論と考えた方が良いと考えられるのです[2]。だからこそ、簡潔で必要な事柄をピンポイントで教えてくれる短い動画が好まれているのでしょう。

ただし、リモートワークがさらに広がり、マイクロラーニングがより一般的になったとしても、リーダーや先輩の「現場における指導力」の重要性が低下するわけではありません。この点は忘れてはいけないことでしょう。
たとえば、

  1. メッセージやチャットで「この動画を見ておいた方がいいよ」とか、「ここに注目してね」という形で、気になった部下や後輩に指定の動画を見るようにアドバイスする
  2. アドバイスを送られた人は自分の不足している能力に気づき、示唆に従い学びを深める

といった学習形態も、今後はとても有力な育成手法になるでしょう。
余談ですが、かつて「JIT(Just-In-Time)学習」や「オンデマンド学習」などと呼ばれ、このような学習スタイルを目指したコンセプトの流行がありました。残念ながら当時はネットワークの帯域の狭さやコンピュータの非力さもあって、テキスト・ベースのeラーニングの提供が、現実的には精一杯でした。しかもスマートフォンも存在しなかったのですから、ジャストインタイム学習の実現は、絵に描いた餅とは言わないまでも、極めて難しかったのです。

ところが、その選択肢は現在大きく広がり、さらに5Gの普及により、より現実体験に近い学習ができるようになりつつあります。手段としてますます有効になるのは間違いありません。最終回に続きます。