これからの組織における「大人の学び」①「すでに目に見え始めている大人の学びの変化」を考える

2021年5月18日

私たちウィルソン・ラーニングのサービスの一つに、クオリティを重視したセミナーやワークショップのご提供があります。一見すると「研修業」の専門家ですが、決して「サービスの形」本位で仕事を捉えているわけではありません。

私たちの企業としての出発点は「なぜ、同じ人生という舞台において、パフォーマンスを発揮できる人とそうでない人がいるのか」、そして、「充実した仕事ができる人と、そうではない人がいるのか」という問いを、科学的に見つめ、その本質を考えることでした。鍵となる要素が「大人の学習」にあると考えた創設者たちにより、名だたる大学との本格的共同研究が始められ、メンバーにも心理学の専門家を多数擁するようになったのです。弊社社名の「ラーニング(learning)」にもそれが反映されています。

体制こそ変化しましたが、私たちの姿勢は、社会環境が変化した現在でも変わりません。むしろ、この未曾有の環境変化の時代にこそ、心理学や組織論、社会学に立脚した専門的・科学的な研究により、新しい時代に即した「学び」を創り出していかなければならないと考えています。今後のビジネスに求められる「これからの学び」が、「経験則の単純な延長線上には存在しない」ことが確実だからです。

変化をもたらした大きな要因は、リモート・ワーク(テレワークとも呼ばれますね)の進展ですが、もちろん、それだけにとどまりません。DX(デジタル・トランスフォーメーション)や5G、人工知能などの技術の革新もあります。さらに脳科学や学習心理学の知見も、前世紀から今世紀にかけて大きく様変わりしました。ビジネスマンの「学び」も、数年もすれば、相当の革新を迫られる時期がやってくると思われます。そこで、今回は「すでに目に見え始めている大人の学びの変化」をシリーズで取り上げたいと考えます。

リモート・ワークは、仕事の仕方だけでなく、「学び」まで変化させる!

大前提として、「リモート・ワークは、多くの業界で程度の差はあれ定着する」と考えられることを、再確認しておきましょう。

事実、米国では「リモート・ワークで効率が上がった」とする企業が、「期待ほどではなかった」とする企業を大きく上回る調査結果が多く[1]、今後日本でも広く調査が行われれば同様の結果が得られるでしょう[2]。どうしても出社が必要な業態を除くと、完全リモートでなくても、「週の半分は自宅作業」といった「ローテーション型」の出社形態が一般的になると予想されます。

このような労働環境の変化は、当然、大人の学びにも影響を与えます。一番わかりやすい影響は、これまでのように「直接教わる」「見て学ぶ」「手取り足取りで教わる」といった、「リアルに同じ場を共有していないと得にくい学び」が、今後は難しくなることです。

ですが、労働環境の変化の影響は、もっと重大なのです。

私たちは日頃の仕事で「あ、これは自分のスキル/知識がまだ足りないな」といった事象を肌で感じるからこそ、自ら「学ぼう」「学ばなくちゃ」と考えるのですが、このような「ギャップ」を感じる機会が減少してしまうかもしれないのです。特に一人きりの環境で「自分のやり方」で仕事をしていると、他の人からは明らかに見える問題点にも気づかないケースが出てくるでしょう。

加えて昨今のウェブ会議などのリモート環境では、相手のフィードバックが明確に得にくいのも「マイナス要因」になりそうです。たとえば、多少プレゼンテーションが技能不足でも、ネット越しでは(「つまらないな」などの)相手の表情や感情はつかみづらく、自分の能力が足りていないことにもなかなか気づきにくくなります。これはプレゼンに限らず、他のスキルでも同様です。

注意しなければならないのは、こうした「盲目状態」が続くと、「本人が問題に気づかぬうちに評価が悪化し、いつの間にか仕事が来なくなる」などという、恐ろしい事態になるかもしれない、ということでしょう。

もちろん多くの組織はeラーニングなどの手立てを用意して、個人ベースの教育にも対処しようとしていますが、学びは、結局は本人のマインドセット(心の姿勢)に左右されます。必要性がわからず「押し付けられた」と認識されている学習コースをいくら完了しても効果は半減し、残った半分の効果さえ、すぐに消えてしまうでしょう。

今後は、(業務そのものだけでなく)学習においても個人の自律性が問われるようになるのは間違いないのです。

脳の学習能力は、熟年以降も失われない−− 神経可塑性にも熱い視線が!

一方、脳科学の分野でも、前世紀の末から今世紀にかけて、学習に大きな影響を与えそうな革新的成果がいくつか現れています。

特にエポック・メイキングな出来事は、ロンドン大のエレノア・マグワイヤー博士たちによって「海馬(hippocampus)と呼ばれる記憶を司る部位の細胞が、年をとっても新生・増加する」という事実が発見されたことでした[3]

この発見は脳研究の全面的な見直しを促し、fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)などの画像診断技術の進歩も相まって、「脳全体のネットワークが、人が何歳になっても、経験や努力次第で頻繁に、しかもダイナミックに変化し続ける」という事実の発見につながりました。これを「神経可塑性(Neuroplasticity)」と呼び、現在では脳科学の常識となっています。実は、今世紀の「脳科学ブーム」の火付け役の一つが、この神経可塑性の認識によるものだったのです。

いろいろな意味で「神経可塑性の発見」は革命的なことでした。それというのも20世紀までの脳医学では、「脳の細胞は、成長期以降はまったく増殖せず、そのネットワークの大域的な構造が25歳くらいに完成すると、後は小さな変化だけ」という見方が一般的だったからです。25歳以降は脳細胞が減少する一方というのも「常識」でした。それが一転、「脳はいくつになっても成長する可能性を秘めている」に変わったのです。

このような脳の見方の革新は、当然、大人の学びにも変化を与えます[4]。「学び直し」の可能性が大きく広がり、大人になってからも、何度でも新知識を勉強し直して自分のものにすることができるという事実が、脳科学の面でも保証されたからです。

今後、継続的に環境の激変にさらされるのは間違いない私たちにとって、「学び直し」や「学び続けること」は必須の能力です。私たちの脳にその能力が備わっているという事実の判明は、まさに朗報と言えます。

ただし、この「脳の可塑性」を利用して学習を心掛けず、同じような仕事と生活を続けていると、脳は、いわば「カチカチに固まって」しまい、だんだん新しい情報を受けつけずに「スルー」してしまうようになる、と言われます。脳には、自分が「必要ない」と思った情報を、無視、あるいは上辺だけしか処理しない、という「労力の節約志向」があるからです。

そうなってしまった人と、常に学んでいる人とでは、今持っている知識の量だけでなく、これから吸収可能な知識の量においても、大きな差異が生まれるはずです。つまり、もともとあった差がますます大きくなっていってしまうのです。

これからのアダルト・ラーニングに求められるのは?

繰り返しになりますが、社会環境の急激な変化を考慮すると、「社会に出た人たちが、個人として、いかに『学び』に取り組んでいけば良いか」を知ること、そしてその知識を自ら実践に移していくことが、今後ますます重要な課題になるでしょう。

ごく大まかに言えば、以下のような「学びの能力」が個人個人に求められるようになっているのです。:

  • 「必要なのに/欲しいのに不足している」知識やスキルを敏感に感じ取る能力
  • どうすれば、それらの知識やスキルが手に入れられるか、手段を把握する能力
  • 手段を把握したら、それを現実的な学習計画に落とした上で、計画の進行を管理・調整する能力
  • 得られた情報から、繰り返しの訓練などによってスキルや知識を自分の中に構築していく能力
  • そして何より、その計画遂行を支える意欲と精神的な持続力

ということになるでしょう。

本シリーズでは、これらのプロセスを、最近の科学的知見も織り交ぜて、詳しく検討していきます。読者のみなさんの「個人の学習プロセス」を効果的に「回していく」ための手がかりになれば幸いですし、同時に、企業の教育担当の方たちがこれを把握されるなら、個々の学習者に「どこで手を差し伸べれば良いか」を知っていただく契機になるでしょう。

ここで一つ付け加えるなら、私たちが何らかの組織に教育などをご提供することをしばしばinterventionと呼ぶのも、心理学的に「個人の学習プロセス」をベースに物事を考えているからです。

このinterventionは、もともと臨床心理の現場などでも用いられる言葉で、直訳すれば「介入」ですが、私たちは「タイミングよく手を差し伸べる」という意味で用いています。つまり、一人では時間がかかったり行き詰まったりしそうな学習ステップに、コンサルティングや学習サービスが「介入」することで、学習をより効果的にするのです。今後の企業教育全般においては、このような「効果的なintervention」の考え方が、より注目されるようになると思われます。

まとめと本シリーズの展望

今回のシリーズは、職場での学習が中心になることから、多分にデビッド・コルブ氏たちの「経験学習理論」[5]と重なることが多くなるでしょう。

とはいえ、「新たな場を共有する」など、「リアルな仕事シーンを前提とした経験学習」を基に組み立てられた企業教育が、今後は十全な効果を発揮しにくくなるのも、確かだと思われます。また、先に述べた脳科学の革新からも明らかなように、直線的な経験の積み重ねではない「本格的な学び直し」の機運も高まっています。そこで本シリーズでは、できる限り新しい知見も踏まえて、今後の組織における「アダルト・ラーニング」のあり方について、特に心理学・神経科学的側面から、読者のみなさんとともに考えていきたいと思います。おつきあいいただければ幸いです。