【リーダーになったら知りたい「リーダーシップの本質的要素」シリーズ】最終回 チームの成長を決める「奨励」

2020年4月7日

リーダーになった、あるいは、これからなる予定の人に向けて『リーダーになったら知りたい「リーダーシップの本質的要素」』シリーズを【全6回】でお送りします。

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リーダーになったら知りたい「リーダーシップの本質的要素
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学習理論において再び注目を集める「強化」の概念とリーダーシップ

リーダーシップの重要な要素を巡る旅も、予定の6回目を迎え、今回で、ひとまず終了となります。お付き合いいただき、ありがとうございました。

今回のテーマは「奨励」です。行動科学では「強化(reinforcement)」と呼ぶこともあり、これは良い行動を「強化する」という側面に注目した表現です。ただし、間違ったやり方や態度を見せるメンバーに注意を与えることも、「負の強化」と考えられるので、やはり「強化」と呼びます。

自分の行動に対してご褒美をもらえたり、良いフィードバックをもらえたりすると、人間の脳内ではドーパミンという脳内ホルモンが、通常よりたくさん分泌されることがわかっています。ドーパミンは「快楽ホルモン」とも呼ばれる物質で、この物質による快感が、「次も頑張ろう」という、モチベーションの向上につながることは、よく知られています。

同時に、脳の回路は、快楽が得られたやり方を学習します。具体的には、「うまくいった」やり方を実行する回路の結線を「太くする」イメージを浮かべれば良いでしょう。逆に負の強化が得られた場合、次回からそのやり方を避けるため、脳は関連する回路の結線を「細くする」わけです。

最近、この種の「強化学習(reinforcement learning)」は別の方面で新たな脚光を浴びています。世界的な技術トレンドとなっている「深層学習(deep learning)」において、この「強化学習」と組み合わせたシステムAlphaGo(アルファ碁)が、囲碁の世界チャンピオンを打ち破ったからです[1]。それ以来、特にゲーム関連の人工知能においては、強化学習を組み合わせた深層学習が注目を集め続けています。

リーダーの強化の仕方がチームの成長を決める

「強化」が重要だとは言っても、やみくもに褒めたり叱ったりすればよいというわけではありません。

教育的な観点で見れば、結果を見て褒めるにしろ注意するにしろ、才能や性格に原因を求めるのではなく、「どこがどう良かったのか/悪かったのか」という「やり方」にフォーカスするのが良いと言われています。つまり、変えにくい固定したものに焦点を当てるのは避けるべきなのです。もちろん人格攻撃などは問題外ですし、アンガー・コントロール(怒りの制御)も忘れてはいけません。

努力や工夫によって変化し得るものに集中すると、次回以降のステップアップや改善につながりますし、何より、失敗したり挫折したりした時に「自分がもともと無能だから」といった対処しようのない無力感に、相手が襲われる危険が小さくなります。

こうしたことは特に幼児教育で言われていることですが、心理的なメカニズム、たとえば心理学の重要な研究課題でもある原因帰属(causal attribution)の働き方も顧慮すると、大人でも同様のことが言えるでしょう。たとえポジティブな評価であっても、動かしがたいものに焦点を当てるのは避けるべきなのです。「奨励」つまり「強化」をリーダーが実施する際、この点には注意が必要でしょう。

最後に:リーダーシップはメンバーの成長を信じることから

今回のテーマの「奨励」は、前回ご紹介した研究の「精神支援」に含まれます。その意味で、リーダーの「励まし」や「後押し」の一言一句は、単なるチームの気分転換でなく、立派な「支援」になると言えます。

とはいえ、最初に機械学習との関連に触れたので、「強化」すなわち「奨励」についても、やや機械的なイメージを読者は持たれたかもしれません。そこで「強化」の、より人間的な側面にもスポットライトを当てるため、脳科学からのエピソードを一つ挙げてシリーズを締めくくりましょう。

62歳の若さで亡くなられて早くも15年ほどが経ちますが、松本元氏という、高名な脳科学者がおられました。氏はもともと大脳の研究者でしたが、突然方向を転じて、それまで不可能と言われたヤリイカの人工飼育とその神経系の研究でも先鞭をつけられ、さらに晩年は脳型コンピューターの開発まで手掛けられました。この松本氏の決まり文句は「脳を活性化させるのは愛です」でした。

氏が生前、講演会などで何度か紹介されていた特に印象的な事例は、ある少年のエピソードです。

その少年は幼い時に交通事故のため左脳を完全に失い、一時は言葉を失うのではないかとさえ危ぶまれました。言語野は、多くの人間で左脳の側頭葉に存在するからです。しかし、まだ幼かったことと、ご両親や周囲の努力(松本さんのアドバイスが重要だったようです)や励ましもあって右脳に言語野が生まれ、日常生活には支障がないまでになりました。このことだけでも奇跡です。

ところが、悪意は全くなかったのですが、学校の先生の何気ない一言がきっかけとなって、突然、言語能力を失い、周囲とのコミュニケーションさえ取れなくなってしまいました。少年が中学生くらいのことです。

彼に何が起こったのでしょうか?

少年は、先生の一言で、自分が周りから「見放された」あるいは「突き放された」のだと判断してしまったようでした。その途端、右脳だけのため情報処理で手一杯だった彼の脳の機能が低下し、後から「割り込んだ」形の言語野の活動にまで手が回らなくなったのだろう、と考えられました。

そこで周囲の大人たちは、誰も見放したりしてはいないことを行動で示し続けました。その結果、徐々に「先生の言葉も、君の将来を思ってのことだ」という説得の言葉も理解できるようになり、やがて見事に言語機能は復活して無事に高校の普通科まで卒業し、氏の論文発表当時には就職して働いているとのことでした。

松本氏の分析によれば、周囲の愛情を再認識した結果、少年の脳の機能レベルが元に戻ったのです。まさに「脳を活性化させたのは愛」だったわけです。

松本氏の研究だけではありません。脳にはさまざまな活性因がありますが、特に学習効果に関して、周囲の人々とのポジティブな関係が重要であることは、最近のいわゆる「ポジティブ心理学」の成果からもはっきりしています。

ビジネスにおける指導は、どうしても業績と報酬の視点を避けられないため、クールな数字管理が先行しがちになりますが、脳科学的に見ても、愛情を欠いたリーダーシップはチームの成長を妨げる結果に結びつきやすく、結果的にリーダー自身にもマイナスになると言えます。

リーダーシップには、これまで見てきたようなさまざまな要素が求められますが、それ以前に、特にリーダー自身やチーム全体の成長を目指そうとするなら、チームやそのメンバーに対する誠実な意図が不可欠だと言えるかもしれません。つまり、今回取り上げた「奨励」あるいは「強化」は、部下の成長を信じる気持ちをもとにした励ましや後押しであってこそ、十分な効果を発揮すると言えます。

そんなわけで、リーダーのみなさんに「チーム・メンバーの頭脳を活性化するのは部下の成長を信じる誠実な意図です」という言葉を贈りつつ、今回のリーダーシップ・シリーズをひとまず締めくくりたいと思います。

ご一読ありがとうございました。

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