リーダーシップの視点でエンゲージメントを紐解いた『変化の時代の人と組織の繋がりを考察する~リーダーのためのエンゲージメント』シリーズを【全8回】でお送りします。
- 第1回:エンゲージメントの見取り図
- 第2回:エンゲージメントの理論モデル
- 第3回:エンゲージメント促進の枠組み
- 第4回:働く人を仕事や組織につなげる上でのリーダーの役割
- 第5回:リーダーという役割へのエンゲージメント
- 第6回:リーダーシップのあり方
- 第7回:グロースリーダーについて
- 最終回:働く人々のエンゲージメントを良好にするには?
また本掲載を2つのebookにまとめています。是非こちらからもご覧ください。
・変化の時代の人と組織のツナガリを考察する~リーダーのためのエンゲージメント①
・変化の時代の人と組織のツナガリを考察する~リーダーのためのエンゲージメント②
「エンゲージメント」についてさまざまな側面から論じてきた本シリーズも、いよいよ最終回を迎えました。
今回はこれまでの「旅程」を振り返り、ご紹介してきた理論を、特にリーダーシップの重要性に着目しつつ「働く人々のエンゲージメントを良好にするには?」という側面から総合的に捉えていきたいと思います。
エンゲージメントの旅程1:その心理的メカニズムを原点から振り返りました
本シリーズのここまでの「旅」を、急ぎ足になりますが振り返りましょう(詳しい内容については、本シリーズの各回をご覧いただければ幸いです)。
エンゲージメントの出発点は、その仕事や組織に積極的に関わるかどうかの意思決定でした。これを本論では「ツナガリ[1]についての意思決定」と表現しました。なぜなら、エンゲージメントの本来の定義は、人と、対象の組織や役割との「結びつき」、つまりツナガリが基本であり、この結びつきはプラスにもマイナスにも、「拘束」にも「良縁」にもなり得るものだからです。
私たちは何らかの組織やタスクに関わる際に、この「結びつき=ツナガリ」を積極的に受け入れるかどうかについて、意識的にせよ無意識的にせよ、「決断」を迫られることになります。
この意思決定が自発的で積極的なものであればあるほど、内発的動機付けや自己効力感などの心理が働き、より意欲的に仕事に関われるようになると考えられます。このことを私たちは「(その仕事に対する)心理的エネルギーが高まった」と表現しています。こうした心理メカニズムがあるからこそ「閉塞の時代」と呼ばれる今、組織論においてエンゲージメントが注目されているのです。
この「意思決定」から「心理的反応(ここでは「心理的エネルギー」と表現しました)」の流れを描いたのが次のモデル図(の右の2つの箱)でした:
意思決定においては、決断を導く「理由づけ」が重要です。それが図の一番左の箱で示された「ツナガリの評価」の部分で、「この仕事とのツナガリを、積極的に確立するべきだろうか?」を知るための評価です。
心理学的に詳しく見た場合、この評価の際に使うと考えられるのが、ツナガリの主観的な良し悪しを測るための「評価次元」です。
では、この「評価次元」はどのようなものなのでしょうか?
それを教えてくれるのが、エンゲージメント理論の「原点」とも言うべきウィリアム・カーン博士の論文でした。
博士はインタビューを中心とした実証研究の結果、「働く人々は、10次元の尺度で上記の『ツナガリの良し悪し』を評価しているだろう」と予測されています[2]。
ただしカーン博士の論文の中身から考えると、評価の次元にはもう一次元を加えたほうが良いと判断されたので、私たちは以降この「11次元」をもとに議論を進めていきます。これらの次元については後述します。
ところで、さきほどの図では、「ツナガリの評価、意思決定、心理的反応」の3つの要素をひとまとめにして「エンゲージメント」と称していますが、これは、私たちが特にエンゲージメントの「意思決定」の側面を重要視しているからです。
加えて、図の3つの要素をまとめて「エンゲージメント」と見た方が、組織風土の改善などの実務面でも有効だと考えられます。結果としての「心理的反応(あるいは「心理エネルギー」)だけを捉えたのでは、「なぜ、そんな反応になったのか?」という「原因の振り返り」を軽視し「もっと気力を出せ」と叱咤激励に走ってしまいがちになります。実際、カーン博士の原論文の主旨から見ても、エンゲージメントをこのメカニズム全体と見た方が、組織の現状を正確に捉えられると考えられるのです。
エンゲージメントの旅程2:リーダーの影響と、その評価次元を考えました
ここまでは主に「個人」、それも主として(リーダーではない)チームメンバーのエンゲージメントのメカニズムを考えてきました。
前述の11個の評価次元は、働く人々を囲むさまざまな「要因」を評価するために(心理内で)用いられます。その結果が次の意思決定の大事な「データ」となるわけですが、この、評価の対象となる「要因」の中でも極めて大きなものが「リーダーシップ」です。
リーダーの言動がメンバーのエンゲージメントに実に大きな影響を及ぼすことは直感的にも明らかですが、各種の実証的な研究でも確認されています。
「リーダー」と一口に言っても、組織トップから初任の管理職までいわゆる「階層」はさまざまです。そのすべての人たちが、関係する人々のエンゲージメントを左右するのは確かですが、ここでは主に「チームリーダー」と呼ばれるべき人たちに焦点を当てます。階層が上に行くほど、経営戦略や人事制度の是非など、心理学や神経科学では捉えきれない多くの要素が絡んできて、本シリーズの趣旨に合わなくなるからです。したがってここからの議論の対象は、チームメンバーが「日常的に直接顔を合わせる」リーダー・クラスということになります。この場合、メンバーたちは、リーダーをどんなふうに評価するのでしょうか?
それを考えるため、私たちは、チームメンバーのエンゲージメントに影響を与える「リーダーの行動要件」を5つ抽出し、これとさきほどの11次元を関係付けるという方法を選択しました。この5つの要素が、11次元の評価に影響を与えるという因果関係を想定しているわけです。
まとめたものが既出のこの図でした。右側の「箱」がチームメンバーのエンゲージメントのメカニズムで、先の図では省略した10+1次元の評価尺度まで具体的に列記したものです。左の「箱」がリーダーの5つの行動要件です。
2つの「箱」の矢印は、特に影響関係が強いものをピックアップしていて、他の因果関係も考えられることにご注意ください。
5つの「リーダーの行動要件」は、(要約ですが)次のように定義されます。すべて「リーダーが以下の言動を示す」と読み替えてください。
当事者責任:チームの各々が自分の仕事に責任を持って取り組むよう促すこと。
つながり:各人にチーム内での協働を促すこと。
一体感:各人が互いに信頼関係を築いてチームが一体感を持つように促すこと。
存在価値:各々の組織内/仕事上の存在価値を、自ら認識するように促すこと。
未来の可能性:チーム内に「現実的楽観主義」の風土が生まれるよう促すこと。
これらの5要素は、私たちがエビデンスに基づいて抽出したもので、このモデル図のように、10+1次元の評価尺度で評価されて、チームメンバーのエンゲージメントを左右すると考えるのが合理的でしょう。
エンゲージメントの旅程3:リーダーの「役割とのツナガリ」を考えました
ところで、この「リーダーの行動要件5つ」は、どちらかというと、「うちのリーダーは、そういえば日頃、自分たちが責任感を持つようにしてくれているな」というふうに、チームのメンバーの視点で見た行動要件です。「外から見た言動の評価」と言っても良いかもしれません。
すると当然の疑問として、「ではリーダーは、具体的に何を心がければ、この5つの結果につながるんだろう?」という「リーダーの視点で何をすれば良いか?」、つまり、コンピテンシーのような、「鍛えることもできるし、具体性も伴った言動の定義」が欲しくなります。
しかし、本シリーズでは、いきなりリーダーシップ・スキルなどの当たり前の事柄に帰着させることについては、「ちょっと待てよ」と考えました。
リーダーも、チームのメンバーである点は他のメンバーと同じですが、リーダーには「リーダーとしての役割とのツナガリ」を考える必要があり、このツナガリの様態は、「リーダーならでは」の側面を持っています。これを検討してツナガリを確立しない限り、リーダーの心理も「地に足がつかず」、チームメンバーへの対応もうまくいかないかもしれません。
この「リーダーとしてのツナガリ」を考察するにあたって、本シリーズでは「フォームとエッセンス」の違いという考え方を導入しました。「フォーム」とは「外部から見てわかるリーダーの言動」を指し、まさにコンピテンシーなどはこれに含まれます。
問題なのは「エッセンス」で、「自分は何のために、あるいは、何を目指してリーダーとして活動するのか」という、価値観や目的意識に当たる部分です。
残念ながら、仕事の現場では時間不足のため、こうした要素の検討は個々人の努力や裁量に任され、結果的に「素通り」されてしまうことが多いでしょう。ですが私たちは「エッセンス」の考察が、リーダーにとって文字どおり「本質的」であり、素通りしてはいけないものだと考えます。
とりわけ「エッセンス」の考察は、リーダーの「リーダーという役割とのツナガリ」を確立し強化するのに必須の要素です。言い換えると、リーダー自身のエンゲージメントの向上にとって不可避の要件なので、意識的に何らかの機会を設けてこれを明確にすることが求められる、と私たちは考えます。
エンゲージメントの旅程4:グロース リーダーの重要性について考えました
とはいえ「エッセンス」を考えるといっても、「一人で責任も権限も、すべてを背負って立つ」[3]タイプのリーダーを目指すようでは、この時代、人心を掌握できませんし、チームメンバーが萎縮し成長もできなくなります。
この「成長」こそがキーワードとなるのです。これからの時代、一人ひとりが成長し、環境の激変に対して自律的にしかも臨機応変に対応できなければ、組織は硬直化して、あっという間に危機を迎えてしまうでしょう。
私たちはこうした「リーダーとチームメンバー相携えての成長を可能にするリーダーシップ」を「グロース リーダーシップ(growth leadership)」と呼び、できる限り多くのリーダーが、自らの「エッセンス」に「自分とチームの仕事上の成長を目指す」という目標を組み込んで欲しいと考えています。リーダーが独りで権限も責任も背負いこんで意思決定してしまうチームでは、誰も成長できません。
ただし「グロース リーダーシップ」には、シッカリした能力の裏付け、つまり相応の「フォーム」も必要です。その前提となるのは、「各チームメンバーに、チームに与えられた役割は皆で果たすという『共通の責任感』を持ってもらう」というリーダーの意識や姿勢で、この前提から、次の3つの要件が導き出されるのです(以下も非常に簡略化した説明です):
協働の風土を築く:チームの意思決定プロセスなどを再構築して協働を促す。
共有のビジョンを築く:皆が自分のものにできる共通のビジョンを創出する。
相互に影響を与え合う:皆が互いに良い影響を与え合い学び合っていく。
グロース リーダーは、チーム、個々人双方の成長の、どの段階においても、この3つを念頭に置いた言動を発揮する必要があるのです。
エンゲージメントの旅程5:いよいよすべてを統合してモデル化してみます。
さて、「チームメンバーのエンゲージメントに直接影響を与えるリーダーの行動要件」として5つ(「当事者責任」「つながり」「一体感」「存在価値」「未来の可能性」)を挙げました。これと、グロース リーダーシップが重視すべき直前の「協働の風土を築く」などの3要素はどのように関わるのでしょうか?
これについては、経験上「1対1で影響関係を持つものではない」と考えたほうが良さそうです。つまり「グロース リーダーの3つの要素」のいずれもが、「エンゲージメントに関わる5つのリーダーの行動要件」すべての評価を、何らかの形で改善・向上させると考えるのが妥当でしょう。
このことを「協働の風土を築く」を例にとり、簡単に説明します。
まず「協働の風土を築く」と、メンバーはチームの意思決定にも参加することが多くなりますから、「当事者責任」は高まるのが自然です。もちろん「協働の風土」が「つながり」に良い影響を与えないはずはありません。また、意思決定に参加するというのは、自分の「存在価値」を認めてもらえたことと同じですから、後者もプラスの方向に刺激される可能性が高くなります。最後に、こんなふうに皆が積極的に参加するチームになれば、メンバーの多くが「未来の可能性」を感じるようになるでしょう。
他のグロース リーダーシップの2つの要素(「共有のビジョンを築く」「相互に影響を与え合う」)も(因果関係のありさまは異なるものの)同様の効果を持つと考えられます。
以上の因果関係を念頭に置きながら、本シリーズでご紹介してきた理論的なメカニズムを「全部載せ」したのが、次の図です。
ここでは、(どのような目的意識でリーダーの役割を遂行する人でも)グロース リーダーなら、その「エッセンス」には「チームとともに成長したい」という目的意識が込められているはずだ、という意味(あるいは期待)を込めて、内部にそれを置いています。また「フォーム」として、これに対応した「協働の風土を築く」といった言動の3要件を配置しました。これら3要件がいずれも、真ん中の箱の「チームメンバーたちのエンゲージメントに直接的に影響する5要件」に働きかける、というモデルがこれなのです。
「エンゲージメント理論の学び」の旅の終わりに
本シリーズは、「エンゲージメントの視点からリーダーシップを見つめ直す」という目的のもと、複数の理論を一貫性ある形で論じなければならなかったため、この種の連載記事としては長いものになってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は、「チームに密着したリーダーのリーダーシップ」の視点でエンゲージメントを捉えましたが、他にも経営層が立案すべき戦略や人事制度など、エンゲージメントに深く関わる要素がいくつもあります。そのどれもが重要であり、現代は、それらを有機的に組み合わせ、総合的に機能させて、人々がお互いのエンゲージメントを向上させていかなければならない時代だと言えます。
本シリーズがその一助になれば幸いです。