【変化の時代の人と組織のツナガリを考察するシリーズ】第6回 リーダーシップのあり方

2021年2月9日

リーダーシップの視点でエンゲージメントを紐解いた『変化の時代の人と組織の繋がりを考察する~リーダーのためのエンゲージメント』シリーズを【全8回】でお送りします。

本シリーズ最初の第1回から4回までは、エンゲージメントの心理的なメカニズムを原点の論文まで振り返りつつ考察し、さらにチームメンバーのエンゲージメントを左右するリーダーシップの重要性の認識を踏まえ、リーダーに求められる「5つの行動要件」をご紹介しました。

第5回にあたる前回は、「リーダー自身の」エンゲージメントについても検討しました。リーダー自身が「リーダーという役割」とのしっかりとしたツナガリ[1]を確立していなければ、チームメンバーのエンゲージメントどころではないのは明らかだからです。特に私たちが重要視したのは「エッセンスとフォーム」の違いでした。

さて、こうして「リーダー自身の役割とのツナガリは確立された」ものとした時に、では「リーダーとして、チームメンバーのエンゲージメントを促すにはどうするべきなのか?」という、本シリーズの最初の観点に立ち戻ります。

ただし今回は具体的な理論説明の前に、その前提となる「この時代におけるリーダーシップはどうあるべきか?」を巡る、私たちの「基本スタンス」についてご説明したいと考えます。それが具体的なリーダーシップのあり方につながっていくからです。

エンゲージメントを好転させるには? リーダーの「エッセンス」を再考する

前回「リーダーの、リーダーという役割とのツナガリ」を考える際、私たちは「フォーム」と「エッセンス」という考え方を提示しました。

ごく簡単に述べれば「フォーム」とはコンピテンシーや知識のように外からうかがい知ることができるものであり、「エッセンス」とは目的意識や価値観のように、リーダーとしての土台を成すもので、外部からは簡単には見て取れないものを指します。

当然ながら、フォームもエッセンスも、いずれもリーダーにとって必要不可欠なものであり揺るがせにすることができないのですが、現実のリーダー教育においては、強化の対象がどうしてもフォームに集中し、エッセンスについての顧慮が不足しがちです。この点についても前回論じました。

ところで、前回はこの「エッセンス」の内実にはまったく触れず、各リーダーの目標意識や価値観の「重要性」だけを強調しました。チームメンバーとの関係はひとまず脇に置いておいて、「エッセンスという考え方」の大切さや意義を提示することが目的だったからです。

ですが、リーダーのみなさんが現実に「エッセンス」を考える際には、当然、その具体的な内容(「どんなリーダーになりたいか」など)を思い描く必要があります。その場合、生きた人間を相手にリーダーシップを発揮しなければならないリーダーにとっては当然のことですが、当のリーダーやメンバーが置かれた「時代環境」を考慮しないわけにはいきません。

では、「時代環境」の「エッセンス」への影響とは、どういうことでしょうか? たとえば、次の問題を考えてみましょう:

そのリーダーが本気で目指す「理想のリーダー像」が、「俺について来い」型のカリスマ・リーダー、あるいはもっと怖い、鬼軍曹的なリーダーのイメージだったら、結果はどうなるでしょうか?

この場合、リーダー本人は目指す「イメージ」が得られたことで意欲が倍増するでしょう。しかし彼/彼女が率いるチームのメンバーはどう思うでしょうか? 現代の環境で生きる、特に若い世代の人たちが、こんな「ヒロイック・リーダー[2]」に無条件で鼓舞されるでしょうか?

実は、ここからが「チームメンバーのエンゲージメント」に結びついて行く話題になるのです。

チーム全体のエンゲージメントの鍵となる「グロース リーダーシップ」

もしもリーダーが、今日の複雑なビジネス環境と、閉塞した人心のもとでチーム力の向上を図りたいなら、リーダーとしての「エッセンス」とは何かを考える場合にも、やはり一定の(つまり自分勝手ではない、現代人の心に広く受け入れられる)「リーダー像」を考える必要があります。

実際、今日のリーダーシップについて語る時、ヒロイックなリーダーシップが背景に退き、チーム全体のために働く、いわゆる「サーバント・リーダーシップ」がクローズアップされるようになってきている事情については、以前にも触れました。

ただし「ヒロイックなカリスマ型リーダーが、もはや不要になった」というのは明らかに言い過ぎです。緊急時、たとえば災害や騒乱の時などは、むしろこのような「強い」リーダーシップが求められることも多く、このことは心理学の実験やさまざまな実例からも確認されています。

しかし、日常の仕事の場面では状況が異なります。なぜなら、日常の場面では、一人ひとりのチームメンバーが、自ら意思決定を下すだけの時間や心理的余裕があり、メンバー一人ひとりの「主体的な」判断がその心理に大きな影響を及ぼすからです。このようなメカニズムについては、すでに本シリーズでも繰り返し確認してきました。

さらに近年は、リモートワークの普及と定着につれて、メンバーの自律型のタスク遂行が不可避なものになってきています。要するに、リーダー一人が権限も責任もすべて抱え込んでチームを動かすことが、事実上できなくなってきているのです。

こうした状況では、望ましいリーダーシップのスタイルも変化せざるを得ません。それがここで述べたサーバント・リーダーシップなどの動きなのですが、私たちはさらに一歩進んで、次のように考えています。

一般の仕事場面で、もはやリーダー一人が何もかも抱え込んで物事を動かせる時代は去ったーーーこれは事実です。ですが特に営利企業のリーダーにとって、チームにサーブ(本来の意味は「奉仕」です)しただけでメンバー一人ひとりの意欲を喚起し高いレベルで役割を遂行させるのは、おそらく至難の技です[3]

ではどうすれば良いのでしょうか?

私たちは「グロース リーダーシップ(growth leadership)」というリーダーとしてのひとつの目指す姿を提案しています。文字どおり、リーダーもメンバーも共に成長を目指すーーーそれを可能にさせるようなリーダーシップです。

このグロース リーダーシップを体現したリーダーが「グロース リーダー」であり、現代社会にあって、最も必要とされるリーダー像だと私たちは考えるのです。つまり、「エッセンス」には、この「グロースリーダーシップ」の考え方が、重要な要素として組み込まれている必要があると、私たちは考えているわけです。

メンバーの成長を図る際に、そのエンゲージメントを向上させるべき理由

一人ひとりが自律的に成長(つまり「グロースgrowth」)を目指すチームが、現代のビジネス組織におけるさまざまな課題の強力な解決策となり得ることは、多言を費やさずとも明らかでしょう。

では、どうすれば「グロース リーダー」になれるのでしょうか? ……実はその鍵の一つ、それも重要な鍵となるのが「エンゲージメント」なのです。

ここで大事なことは、「エンゲージメント」とは、働く人が、組織、チーム、役割との「ツナガリ」を、「自分の意志でどの程度、前向きに選んでいるか」という「意思決定」に基づくコンセプトだということです(この点は本シリーズの第1回から第3回まででご説明しました。以下では、これらの回でご紹介した、私たちの理論をベースに考察を進めます)。

この「意思決定」は意識的なものではなく、無意識的なものかもしれません。それでも結果は変わらないのです。なぜなら、意識的/無意識的を問わず「前向きに判断した結果」としてエンゲージメントが良好な場合、その人は自分の役割にしっかり「つながっていて」タスクに全面的にコミットしており、結果として仕事から学ぶものも、より大きくなると考えられるからです。

同時に、そのような人はパフォーマンスも次第に上がってきますから、周囲からの信頼も増し、それに比例していろいろな仕事を任せられることが多くなるでしょう。一時的にはハードになりますが、その分、より多くの仕事、より幅広い業務を学べるようになります。しかも、さまざまな経験のおかげで仕事の速度と正確さは増し、次第に短い時間でタスクを完了できるようになるはずです。

さらに、このように仕事に前向きにコミットしている人は、仕事に関わる知識やスキルを、仕事場面以外(たとえば書籍や講習、e-learningなど)で学ぶことにも積極的でしょう。そうなると、なにしろ与えられるタスクや役割そのものが深く多彩になりますから、それに並行して行われる知識やスキルの習得もどんどん深まり、幅も広がっていくでしょう。

こうなると、最初はわずかな違いに過ぎなかった「前向きさのレベル」が、時間が経つにつれて、極めて大きな能力の違いとして現れることは間違いありません。

もちろん、これは極めて理想的なプロセスを述べたものですが、現実にも私たちがしばしば観察できる事実ですし、理論とも整合しています。

このように多くの場合、エンゲージメントが良好かどうかによって、チームメンバーの成長レベルは、かなり異なると考えられるのです。「グロース リーダー」を目指すリーダーならば、メンバーのエンゲージメントに注意を払わないわけにはいかないことがお分かりになったと思われます。

まとめ:グロース リーダーシップとエンゲージメントの関係とは?

今回は、前回ご紹介した、リーダーシップにおける「フォーム」と「エッセンス」の二分法に基づく理論モデルを受け、この「エッセンス」としての「目指すべきリーダー像」が、(残念ながら)現代社会においては任意のものではないこと、特に「サーバント・リーダー」的な指導者が求められている事情について検討しました。

一方で私たちウィルソン・ラーニングは、チームと個人の「将来の成長」を考えつつ、(リーダー自身も含めた)メンバーの日々の仕事のやりがいや充実感を高めるには、チームに「サーブ(奉仕)」するだけではなく、全てのメンバーの成長を目指す「グロース リーダー」の考え方が重要だと考えていることもご紹介しました。特に本シリーズのテーマから見てポイントになるのは、「グロース リーダーとなってチームの成長を図るには、メンバーのエンゲージメントの改善に留意する必要がある」という事実でした。

ここまで議論を進めると、冒頭で述べた「エンゲージメントをより良いものにするための『リーダーの行動要件』」が、より重い意味を持つことに気づかれた方が多いでしょう。

これらの行動要件は、「チームワークの風土をより良いものにし、働きやすい場を作り出すためのもの」であることはもちろんですが、さらにリーダーが「グロース リーダー」となって、チーム全体の「パワーの底上げや成長」を図り、パフォーマンスを向上させると同時にメンバーの充実感を高めるための要件でもあったのです。やや難しい言葉で言い換えると、エンゲージメントとは、数学で言うところの「チームの成長(growth)の『必要条件』のようなもの」だと言えるでしょう。

以上の知見をもとに、次回以降は、この「グロース リーダーの必要条件としてのエンゲージメントを、いかにして好転させるか」に、もっと具体的に踏み込んでいく予定です。これは、主にリーダー向けのテーマではありますが、リーダー以外の「メンバーの立場」で働いていらっしゃる方々も、「リーダーは何を意図してこんなことを言うんだろう?」を理解するための手がかりになるはずです。

第5回はこちら