リーダーシップの視点でエンゲージメントを紐解いた『変化の時代の人と組織の繋がりを考察する~リーダーのためのエンゲージメント』シリーズを【全8回】でお送りします。
- 第1回:エンゲージメントの見取り図
- 第2回:エンゲージメントの理論モデル
- 第3回:エンゲージメント促進の枠組み
- 第4回:働く人を仕事や組織につなげる上でのリーダーの役割
- 第5回:リーダーという役割へのエンゲージメント
- 第6回:リーダーシップのあり方
- 第7回:グロースリーダーについて
- 最終回:働く人々のエンゲージメントを良好にするには?
また本掲載を2つのebookにまとめています。是非こちらからもご覧ください。
・変化の時代の人と組織のツナガリを考察する~リーダーのためのエンゲージメント①
・変化の時代の人と組織のツナガリを考察する~リーダーのためのエンゲージメント②
本シリーズは「エンゲージメント」に焦点を当てています。
これまでの4回で、チームメンバーのエンゲージメントを高める要素を探り、原点ともいうべきウィリアム・カーン博士の論文を概観した上で、エンゲージメントにおけるリーダーシップの重要性を論じました。そして私たちウィルソン・ラーニングがエンゲージメントを高めるためのリーダーの行動要件を5つにまとめていることもご紹介しました。
今回は、この5つの行動要件についてはひとまず置き、「そもそもリーダーになるとはどういうことなのか」という点からアプローチします。というのも、リーダー自身も自分のリーダーという役割につながって(つまり言葉通りの意味で役割にエンゲージして)いなければ、チームメンバーをエンゲージさせるだけの行動を発揮することができないからです。言い換えればリーダー自身の「リーダーという役割へのエンゲージメント」を探るのが今回の目的です。
リーダーになるとは?:チームのエンゲージメントのスタートラインに立つ
一般の企業や団体においては、ある年齢以上になると部下を持つべき仕事に就く場合が多いようです。すなわち係長、課長などの、いわゆる「管理職」「マネージャー」の肩書きを担うことになるわけですが、同時に「リーダー」という役割を演じることも求められるわけです。
そうなると、多くの方が、組織から与えられた研修に出たり、本を読んだりして「リーダーとしての行動論」を学ぶことになるでしょう。これはとても大切なことで、チームメンバーとのコミュニケーションなど、学ぶべきことは多いと思われます。私たちウィルソン・ラーニングでも、さまざまな考え方、スキルをご提供しています。
ところが、ここで多くの方が感じられるのは、「自分は本当にリーダーになりたいのだろうか?」という疑問、あるいは「自分はリーダーを、なんのためにこれからやる/やっているのだろうか?」という疑問でしょう。
なぜなら、企業で何らかのリーダーとして選ばれた人は、リーダーという役割については100%自分の意志で選び取ったのではないことが多いので、当然のことではありますが「リーダーとしての目的意識」をなかなか確立できないのではないか、と考えられるからです。
「リーダーという役割へのエンゲージメント」の核となる「エッセンス」とは?
忘れてはならないのは、リーダーとしての「スキル」についても、上述の「なんのためにリーダーという役割を果たすのか?」という疑問が解けなければ、真に発揮するのは難しいということでしょう。
「命じられたから」、「組織の階層を昇っていきたいから」というだけではせっかくのスキルが上辺だけのものになりますし、何より自分自身「リーダーとしての役割」とのツナガリ[1]を感じられないでしょう。それでは当のリーダーに職務のストレスやいらだちが蓄積されていき、メンバーにもそれが伝わり、次第にチームの運営が円滑に進まなくなります。結果として業績の向上どころか維持さえ難しくなるでしょう。それどころかリーダー自身の健康さえ、損ねかねません。
こうしたリーダーにとっての課題を、私たちウィルソン・ラーニングは、心理学的にというより、むしろ「哲学的に」以下のように考えています。
リーダーは常に周りから「見られる」存在です。これが一般のメンバーとは最も異なる特性と言って良いでしょう。なぜなら、メンバーは常に「この先、僕たちは/私たちはどう進めばいいのだろう?」という疑問を持っていますから、その疑問を解いてくれるはずのリーダーを、常に見ることになるからです。
この時、リーダーは立場上、いわゆるコンピテンシーや「らしさ」の点でも、シッカリしたものを見せなければなりません。ただし、ここで「シッカリ」というのは、「強面」(こわもて)や「圧力感」という意味では、もちろんありません。対人対応やコミュニケーションの面で、リーダーが求められるスキルや能力(例を挙げると「教える」「励ます」などです)を的確に発揮する、ということを指しています。
こうした「外からうかがい知ることができる要素」を、私たちは「フォーム(form)」と呼んでいます。注意していただきたいのは、「形」と言っても空虚な外形つまり形骸ではないこと、それどころか、この「フォーム」を決して「ないがしろ」にすることはできない、ということです。
当たり前のことですが、「リーダーとしてのフォーム」なしでは(スキルなどを欠いているわけですから)、 チームを引っ張ることができなくなるでしょう。
他方、先にも述べたリーダーの目的意識などは、なかなか外からはうかがい知ることができないもので、それでいてフォームの土台となるものであることは、ご説明した通りです[2]。そこで私たちはこれを「エッセンス(essence)」と呼ぶことにしています。まさに土台、基盤となるからです[3]。
マネジメントだけではメンバーのエンゲージメントを低下させかねない
先に述べたように、通常のリーダー向け研修や、リーダーシップをテーマとする書籍では、上記の「フォーム(たとえばメンバーとのコミュニケーション・スキルなど)」が扱われることが多いはずです。これはリーダーにとって必須の能力に関わるものですから、本当に身につければ極めて有効でしょう。
とはいえ、たいていの人は限られた時間と機会の中で学ぶわけですから、必要最小限のスキルさえ(十分なレベルまで)身につけるのは、そんなにたやすいことではありません。
それというのも、リーダーの学ぶべきスキルは、どの一つを取っても難しく、習得にも時間がかかるものが多いからです。したがって、新任のリーダーとなった人が、さて必要なスキルを学ぼうと思っても、基礎的なものを学ぶだけで手一杯になるのが現状でしょう。
実を言えば、私たちの管見するところ、その基礎的スキルさえ十分ではないまま現場のリーダーシップをとらざるをえなくなり、残念ながら「管理」だけに終始するケースも、決してまれではないようです。
もちろん管理(マネジメント)は組織の運営上一定のレベルで必要なものですが、自分たちの心理をまったく無視して「管理」されたら、メンバーはどうしても「言われたから仕方がない」という心理に陥りがちです。それでは当然、チームのエンゲージメントどころではなく、まして現在の厳しい環境にあっては、メンバーたちの士気は低下しやすくなるでしょう。そのことは、本シリーズの前回までをお読みになった方は、容易に理解されるはずです。
ちなみに「リーダーとマネージャーは違う」とよく言われます。実際、リーダーは(肩書きにつけることはあるものの)与えられた「職位」ではなく、むしろチームにおける「役割」と見るべきでしょう。管理だけではリーダーシップを発揮したことにはならないのです。
リーダーの「役割へのツナガリ」がチームのエンゲージメントの鍵にもなる
一方、リーダーとしての目的意識を持った人、つまり私たちの言葉で言う「エッセンス」をつかんだ人の場合、マネジメントだけで終わってしまうということは、まず考えられません。
なぜなら、その人は、リーダーとなることの、「自分にとっての意味や意義」をつかんでいて、そのために歩もうとしている人だからです。当然ながら(管理だけでなく)「リーダー特有の能力とは何か?」を知ることに貪欲でしょう。
そんな人が、メンバーの心理を無視した「管理」だけでリーダーが務まるとは考えないでしょう。なぜなら、リーダーとして高いレベルでチームを率いるには、自分の成長を図るのはもちろんのこと、メンバーの成長も促さなければならない、という事実を理解しているはずだからです。
昨今のビジネス環境は激変の連続です。しかもリモートワークの普及も相まって、タスクやプロジェクトの遂行に当たっては、メンバー一人ひとりの自律性が強く求められるようになっています。
このような状況に置かれたリーダーは、各々のチームメンバーのタスク遂行力を高めるためにも、自他の成長をおろそかにするわけにはいきません。何よりリーダー自身が「自分は何のためにリーダーとなろうとしているのか?」という問いに答えること、すなわち「自分はどこに向かって成長を目指せばいいのか?」を理解することが大切な第一歩になるのです。
本シリーズのテーマに即して言えば、「リーダーとなる意味」を理解することによって、すなわち(私たちの言葉で言えば)「エッセンスをつかむ」ことによって、その人と「リーダーという役割」の間のツナガリが真に確立され始める、と言えるでしょう。この時初めて「リーダーとして」望ましいエンゲージメントが実現されると考えられるのです。
そうなれば、しめたものです。大切な「フォーム」の方も、一つひとつのスキルや方法論の、真の意義や目的の理解も促進されますから、より高いレベルのものになっていくことが期待されるわけです。こうなって初めて、チームメンバーのエンゲージメントにも本格的に取り組むことができるでしょう。
まとめ:リーダーの「足元固め」からチームメンバーのエンゲージメントへ
今回、リーダー個人の「役割へのツナガリ」に焦点を当てた理由は、チームにおけるリーダーシップの確立のためには、何よりも先に、リーダーがシッカリした「フィロソフィー」を持つべきだと考えるからでした。
もちろん「フィロソフィー」とは言っても、リーダー自身のエンゲージメントを「心理学的に」考える際にも「リーダーという役割の本質は何か?」を理解することは重要です。そのことは、本シリーズのこれまでの議論からも明らかでしょう。
事実、たびたび引用しているウィリアム・カーン博士の研究でも、(これはチームメンバーのエンゲージメントが主たるテーマでしたが)エンゲージメントについては「与えられた役割の理解」が重要な要因の一つであるとされていました。リーダーも心理メカニズムは同じだと考えられます。
さて、以上のような「基礎固め」を前提として、次回以降は、いよいよチームメンバーのエンゲージメントを確立するために、リーダーはどう考え、何をすべきなのか、という側面にアプローチしていく予定です。
なお、最後になりますが、こうしたリーダーのための「目的は何か?」を考えていくための方法論は、私たちもご提供しています。ご興味があれば、お問い合わせくだされば幸いです。
- [1] 本シリーズでは一貫して、働く人と組織やタスクとの関わりを「ツナガリ」とカタカナで表現しています。私たちの考えでは、この「ツナガリ」こそがエンゲージメントの基礎となります。
- [2] とはいえ、長期的にはメンバーも、リーダーに目的意識があるかどうか、普段の言動で何となく感じ取ることができると考えられますから、後述する「エッセンス」の把握が不可欠だと言えます。
- [3] 私たちは、ここで「フォーム」などの用語を使っていますが、これは西洋哲学史における基本概念である「形相と質料」(アリストテレスに由来します)の二分法における「フォーム(形相)」とは別のものです。また、日本の伝統芸能などで重要な考え方である「型」も英語ではフォームと翻訳されますが、このような「型」の考え方と私たちの「フォーム」とは、基本的には別の概念ですので、ご注意ください。