イノベーション的発想はどこから来る? アイデア創出のヒント②

2020年8月25日

本シリーズの第1回では、今やあらゆるビジネス分野で求められていると言っていいイノベーションの多様な側面を検討しつつ、その中から、まずは第一歩として、イノベーションに取り組む際の個人の行動パターンに光をあてることを提案しました。

それというのも、今必要とされるのは、私たち一人ひとりが新しいことに取り組むための第一歩を踏み出すことであり、そのためにも「日々の仕事において、ものごとを多面的に捉え、多様な発想を持って活動すること」を目指すことだと考えられるからです。そのために

普通の人の、普通の人による、普通の人のためのイノベーションとは?

という標語まで掲げました。

今回はその路線に沿って、いわば「創造神話」めいた大発明のためではなく、明日からでも取り掛かることのできる、組織や仕事を変えていくための、手掛かり足掛かりを考えていきたいと思います。

アイデア創出のための4つのパターン

先に述べたように、本稿では、新しいことに取り組む際の、一種の行動パターンを取り上げます。私たちは、わかりやすく覚えやすいように、一応これを4種類に分類し、その概略を見ていきます。

この「分類」はデータに基づいて抽象化された結果ですから、細部は捨象されていて粗いものではありますが、何か新しい試みにとりかかる際の指針となるはずです。

ただしこれは、本シリーズ第1回で述べたように、性格分類ではありません。仮に読者の皆さんが「私はこれかな」と思っても、いつでも他の行動パターンを学んで変えることができますし、組み合わせたって構わないのです。状況に応じてスタイルを変えるのも「あり」です。

確かに、各人が分類されたパターンを参考にして物事に取り組むのがたやすいはずですが、こだわる必要はないのです。大切なのは、「イノベーションなんて、神のごとき霊感が必要なんじゃないか?」という恐れを捨てて、第一歩を踏み出すことでしょう。

ここでは短い記事という制約上、大掛かりな事例について論じることは難しいので、比較的容易にできる試みの一例として、架空の「販促用の動画制作」というプロジェクトを題材にします。

現在ではスマートフォンのカメラなどでも撮影と録画は簡単にできますし[1]、サイトへのアップロードも難しくありません。利用可能なツールやアプリの選択肢も複数あります。

問題になるのはコンテンツ作りです。どうしたら視聴者が「これはすごいぞ。あまり見たことがない!」と思えるような、それでいて企業としての品位を落とさない、インパクトのある販促用動画を制作できるでしょうか?

ここにA, B, C, D 4人の企画担当者がいるとします。私たちウィルソン・ラーニングの人間が、制作の仕方について、この4人にインタビューをしたところ、各々が「自分が取り掛かりやすい方法」を次のように語ってくださった、とイメージしてください。
ただし、この4人には最初に「一般的なマーケティングの動画ではなく、新奇性が溢れる、できれば周りや業界の人たちをアッと言わせるような作品を作るとしたら、どうするか……を考えてください」と、念押しをしています。
読者の皆さんは、この場合、誰が最も新奇性に溢れた作品を作ることができると思われますか?

Aさん

……そう、私はまずは調査しますね。私たちの業種業界で今どんな動画広告が打たれているのか、事実を押さえないといけない。少なくともライバル社のものは、知らないでは済まされないでしょう。やっぱりデータ、その上で
……そうだな、私なら、いわば「いいとこ取り」を考えます。調べたいろいろな動画の気に入ったところを、もちろん盗用や剽窃にならないレベルで組み合わせて、今までにないパターンを何か作れないか、徹底的に組み合わせを考えますね。
……ええ、確かに、私のやり方では80点のモノしか作れないこともありますが、でも時には意外な組み合わせも考えられますよ。とにかく、部分部分は現実に存在している動画なんですから、技術的に模倣できるのは確実でしょう?
思いつきで何かやろうとしても、技術が追いついていなかったら何にもならないですから。

Bさん

私ですか? うーん、まずはイメージから入るかな?
そう、作りたいものが頭に浮かぶのを優先するでしょうね。何だったら、社外に出て公園を歩き回ったりして、イメージを刺激しようとするかもしれませんね。もちろん、就業時間中だったら許可をとりますけどね、今はリモートが多いから、たいていは可能です。やっぱり新しいものを作るには、「こうありたい、これを実現したい」が何よりも大事だと思いますから。
……そうですね、他の人に私のイメージを説明して賛同してもらうのは好きですけど、イメージを作っている最中は、外の意見はノイズに聞こえてしまうこともあります。
そうですね、確かに……。私のやり方では、すぐには実現が難しいアイデアも出てきてしまうから、いわゆる「現実離れ」をしてしまうこともありますね。だけど、新しいものって、そのようなギャップを乗り越えないと、できないものだと思います。そうでしょう?

Cさん

私ですか? 私なら、とにかく、あれこれ作ってみますね。
まずは撮影してみてそれを切り貼りしたり、テロップを書き換えたり、いろいろやってみますよ。じっと考え込むのは好きじゃないんです。手を動かしているうちにいろいろな思いつきが浮かびますしね。それを繰り返しているうちに飛び切りのアイデアも浮かぶじゃないですか? ええ、最初から他の人を巻き込むのも好きですね。みんなでワイワイやりながら作るのも大好きです。
ふふふ、見抜かれちゃいましたか。そうなんです、収拾がつかなくなる時もあるし、最初の目的から逸れちゃうこともありますね。失敗なんか日常茶飯です。いや、結局、失敗だけで終わることもあるな。やっているうちに「あれ、何を作ろうとしていたんだっけ」と思うことも……。
でもそれが創造でしょう?

Dさん

そうですねえ、何か参考や土台になる動画を探し出します。理由ですか? 目的に一番ぴったりしていて好ましい作品を選んで分析するためですよ。ええ、じっくり見ながら気になる点をメモしたりするわけです。そんなことをやっているうちに「ここを変えたほうがいい」「このシーンは順序を入れ替えたほうがいい」といった点が浮かび上がってくるのは自然ですよね。根気強く時間さえかければ、いつの間にか新しいものも生まれますよ。
ええ、それは確かですね。このやり方だと冒険しにくくなるから、必ずしもいつも新奇なものにたどり着けるわけじゃありません。でもね、やりようによっては面白い、人をアッと言わせるものもできるんですよ。

いかがでしたか?

十人十色ならぬ四人四色でしたから、どなたにも違いがはっきりお分かりになったと思います。

もちろん、この4人はいわば「極論」を述べているので、ここまで純粋な典型的パターンに則って意見を言う方は少ないかもしれません。

しかし、何か新しいことに乗り出す際の行動パターンを、私たちが実証的な研究によって分析した結果、極め付きのイノベーターと呼ばれる人から普通の人まで、新奇なものを生み出そうとする人の行動パターンは、大まかにこのような4つのパターンに分けられそうだ、とわかったのでした。

実際、発明家のトーマス・エジソンはおそらくCの、実験を繰り返すタイプだったと思われます。だからこそ

I have not failed. I’ve just found 10,000 ways that won’t work.
(私は失敗したことがない。一万通りのうまくいかない方法を発見しただけなのだ)

という「名言」を生んだのでしょう。とにかく試したのです。

他方、エジソンのライバルで「天才」と言われたニコラ・テスラは、Bの、イメージや霊感に導かれるタイプだったようです。

一般的にイノベーションの中心に立つ人物の行動パターンとして、誰もがすぐに思い浮かべるのは、B, Cのタイプでしょう。現代ではあまり読まれないかもしれませんが「立志伝」というジャンルの書物に書かれた発明家や起業家の行動パターンも、やはりこの二つのスタイルに近いものが多いようです。

ですが、「B、Cのスタイルの人たちだけがイノベーションを起こせる」と考えてしまってはいけないでしょう。

実は、この4つの「スタイル」は、私たちの研究によれば(少なくとも個人のイノベーションに対する姿勢という点から見れば)、どれもが「正解」です。各々が、それぞれの長所と短所を併せ持っており、どの方法で創造に取り掛かるにしても、長所をうまく生かし、短所に気をつけさえすれば、新しいものを生み出すのに適不適はないのです。

実際、今の世界で、イノベーションが一番起きているのはどこか、を考えれば、それは大学や先進企業の研究室だということが、すぐにわかります。確かに、中には直感やビジョン、どこかから降りてくるイメージのようなものに導かれるタイプの研究者もいますが(特に数学や物理学に多いようです[2])、今や研究というのはどんな分野でも、これまでの研究の知見の蓄積とデータがなくては、そして緻密な分析を経なくては前に進みません。それらをすっ飛ばして論文を書くこともできませんし、製品やサービスを作ることもできません。なぜなら、ほとんどの研究は「巨人の肩の上に立って」[3]こそ、可能なものだからです。

たとえば、最近ではビジネス書でも話題の中心の感がある「機械学習」も、Bの「あれこれ試してみる」タイプとDの「少しずつ改良を加える」タイプの「混合的なチャレンジ」の成果だと言えます。

この分野の進化は、既存の技術を組み合わせたり、パラメータの計算方法をチューニングしたりして漸進的な改善を続けていったものが、突如ブレークスルーにつながることの繰り返しだったと言えます。もちろん、そのほとんどが専門家の仕事なのですから、Aのような「事実の確認から始める」点についても、疎かにされていたはずはありません。

実は、現在の「テクノロジーにおけるイノベーション」と呼ばれるものの多くが、このような地味な努力の積み重ねの成果であることは、もっと注目されて良いことだと思われます。

「天才だけが」というイノベーション神話は過去のものになりつつある?

いわゆる一般企業における仕事の内容も、これからは急激に高度化されていくと言われています。ITや人工知能のビジネス分野への浸透により、技術の専門家でなくても、高いレベルの複雑な情報処理をこなしていかなければならないというのです。

このような世界では、イノベーションも、豊富な専門知識と磨かれたスキルを持った上で、状況にふさわしいスタイルを適用することが必要になると思われます。Dのように、「改善」から出発するものも多いでしょう。エジソンのような、言わば「無手勝流」で大発明ができる時代は、技術知識が成熟した現代にあっては、過去のものになったのかもしれません。事実、これからのビジネスでは、企画や開発、アイデア作りや意思決定にあたって、膨大なデータを背景とした、データサイエンスの力が不可欠になるだろうとも言われています。データと分析の力を軽視できなくなるのです。

いずれにしても、今回の記事のポイントは、イノベーションの第一歩である「アイデアの発想」、その取り組み方にはいろいろあるということです。各人が得意なやり方で始めても良いし、それを途中で変えたり、やり方を組み合わせたりしても良いのです。

肝心なのは、とにかく第一歩を踏み出すこと、でしょう。

次回は、本記事で触れた「これからの先進的なイノベーション技術」と個人の創造性のあり方の関係について、もう少し見ていきましょう。

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