普通の人の、普通の人による、普通の人のためのイノベーションとは
私たちは、商品/サービスはもちろん、生活やビジネスそのものの見直しと刷新が求められる時代に生きている、と言ってよいでしょう。
本シリーズでは、こんな時代に強く求められている「イノベーション」というテーマについて考えていきます。
もちろん、このテーマは深遠で、我が国だけに絞っても無数の参考書が刊行され、各々が多様な側面を扱っています。本稿のような小論でそれらの全てを扱うのは、とても無理でしょう。
そこで今回は主にイノベーションを巡る「個人の行動」に関する「入門的な」側面に光を当てます。もう一つの重要な側面である組織論的・戦略論的な側面については、機会を改めて論じられれば、と思います[1]。
ただし最初に「探究のガイドライン」として、次のような標語を掲げておきたいと思います。それは、
普通の人の、普通の人による、普通の人のためのイノベーションとは?
というものです。
もちろん、ふざけているわけではありません。ここでは、私たちが「日常の工夫で自らイノベーションに手をつけるには、どうすれば良いか」を考えていきたいからです。
冒頭に述べたように、今や私たちは誰もがイノベーションに関わらざるをえない時代に生きています。テクノロジーの進化はもちろんですが、コロナ禍も加わって、職場でも私生活でも「今まで通り」が通用しなくなり始めているからです。新しい生き方、新しい考え方の創出を図らなければならないのです。
しかも、「働き方改革」の動きやリモート・ワークの普及・定着に見られるように、自律的な働き方が可能になるということは、逆に言えば、組織が行う変化やイノベーションを「口を開いて待っていればいい」という時代ではなくなった、ということでもあります。
たとえば、最近、副業としてアフィリエイト・サイトや動画サイトの運営や、ブロガーを兼務する人が増えつつあります。このようなネット上のビジネスでも、人が集まりやすいのは、やはり新しい試みを始めたサイトです。人気サイトともなると、常に新しい挑戦を行い、見る人を惹きつけようとしているのがわかります。
このようなサイトの中には、メディアとは全く関わりを持たない、アマチュアがホストになっているものも多く、そこでは、ごく普通の学生さんやビジネスマンの発想と実行力が、サイト成功のカギになっているようです。
これは特殊な事例だと言えるでしょうか? おそらく違います。
もちろん組織で働いている人たちの皆が皆、ネットでビジネスを始めるわけではありませんが、働き方の多様性と自律性が高まる中で、私たちが自分の仕事を自分で切り開いていかなければならない機会が急激に増えていることは事実です。
たとえばリモート・ワーク一つを取っても、私たちが自分の裁量で決め実行しなければならない仕事の範囲は、広くなりつつあるはずです。そしてこのような仕事のやり方が定着していけば、たとえ組織に属している社員であっても、一人ひとりが、自分のオフィスを持っている個人事業主のような考え方をしなければならない時代がやってくるのは確実です。
それだけではありません。企業は、経済環境の変化により徐々に終身雇用が維持できなくなり、非定期・短期などさまざまな契約形態をベースにして人員調達せざるを得なくなるだろうと予測されています。それに拍車をかけているのが人工知能を代表とするITの進化です。それでなくても企業の仕事の多くが次第にルーティン化しており、機械化が進んでいます。◯◯テックという名前のつく技術が職場を侵食し出せば雇用形態は大きく変化し、自分自身の才覚で収入を確保しなければならない人が増えることは間違いありません[2]。しかもパンデミックとその後の世界的不況により、この動きが加速するのは避けられない状況となってきています。
こうしてみると、誰にでも、規模の大小を問わずイノベーションが求められている時代になってきた、と言っても良いのではないでしょうか。他人事ではないのです。
創造性≠イノベーションに注意しよう
ご存じのように最近では、多くのビジネス書が「創造性は誰にでもある」という謳い文句で、読者のチャレンジへの勇気をかきたてようとしています。これは事実ですし、前述のような時代背景を考えれば、啓蒙は必要なことでもあります。
ただし事実であるにしても、この言葉は、もう少し注意深く検討する必要があります。「創造性」という言葉に囚われ過ぎると、「無からインスピレーションを得て何かを生み出す」イメージが強くなり、「そんなことは、私には無理だ」という意識に陥りやすいからです。
確かに、創造性がイノベーションを促進するのは間違いありません。ですが、発想力をそのように画一的に捉えること自体、人間の思考を狭い枠に閉じ込めることに結びついてしまいます。ひいてはそれが逆に能力の発展を阻害してしまいかねないのです。
重要なことは、創造性とイノベーション(後者から組織論的要素を除いたとしても)はイコールではないということです。たとえば、ある有名な検索サービスの企業は、屋台骨である検索サービスの技術を日々新しいものにしようと、たくさんの労力を投入しています。時に劇的な変化もありますが、そのほとんどは漸進的で、いわば(非常に高度とはいえ)理論的なステップを地道に積み重ねていくようなものが多いのです。これも、「現在の地位に安住せず、新しいビジネスの実現を目指す」という意味で立派なイノベーションですが、見た目だけで「すばらしい創造性の例だ」とは、ほとんどの人が思わないでしょう。少なくともその会社の莫大なリソースや実力からすれば当然のことに思えますし、ゼロから何かを生み出すようなイメージではありません[3]。
イノベーションは「新しさ(新しいもの)(novus)を導入(in)する」という意味の、ラテン語由来のinnovateという動詞から作られています。必ずしも創造性と同義ではありません。場合によっては一から創り出さなくても良いし、何が新しいか、どの程度の変化なら新しいと言えるのか、状況や文脈によって変わるからです。むしろ重要なのは、新しい何かを生み出そうとして、最初の一歩を踏み出すことなのです。
本稿で皆さんにお伝えしたいのは、「イノベーションへの一歩目」の踏み出し方は個人によって違うし、何か特殊な才能がなくてもそれは可能だ、ということです。このことを理解していないと、いつ現れるかわからないインスピレーションを待ち望んだまま、何も新しいことができず、いつまでも現状にとどまったままになりかねません。
その人なりの「発想のスタイル」を起点として考えてみよう
そんなわけで、このシリーズの目的は、個人を起点とする、しかも日常の工夫によるイノベーションを考える際に立ちはだかりやすい、創造性に対する誤解をひとまず取り下げ、その上で「その人なりの一歩目の踏み出し方」を考えることにあります。
当然、一人ずつ違う環境要因は扱いきれないので捨象して、人間の行動パターンに注目しつつ、先ほどの「一歩目の踏み出し方」を「タイプ分け」して考えていくのが良さそうです。
このようなタイプ分けにはいろいろな考え方があって、パーソナリティの分類もその一つです。たとえば最近話題の「ビッグ5理論」について言えば、確かにイノベーションとの関係について徐々に知見が得られてきていますが、まだ「これだ」と断言できるほどの法則性が得られているとは言えないようです。
そもそも歴史上有名なイノベーションの実現者の顔ぶれを見回しただけでも、その人たちの性格がバラバラなのは明らかですし、状況や環境によっても適不適は異なりそうです。
そこで本シリーズでは、以降2、3回にわたって、私たちのイノベーションに関連する研究で「経験上」(つまり観察やデータから)明らかになってきた「タイプの分類」に従って、話を進めていきたいと思います。
この分類は行動科学的な分析手順に則って得られたものですが、パーソナリティとは独立したものですから、他のタイプの「得意技」や「やり方」を学ぶことも不可能ではありません。実際、私たちは、状況に応じて(無意識にではありますが)時折、新しいものへのチャレンジの方法を変えることもあります。
注意していただきたいのは、これらタイプの紹介は、新しいことに取り組む、その第一歩にはさまざまなモードがあるということを知っていただくためで、「あなたは、このタイプだから、新しい物事には、こんなふうに取り掛かりましょう」と決めつけようとしているわけでは決してない、ということです。
もちろん、きちんとした自己分析の結果としてタイプがわかったら、そのタイプの典型的行動パターンに学ぶ方が、行動を始めやすくなる場合が多いでしょう。そうなったら、ぜひ試していただきたいと思いますが、違うやり方でも構わないのです。要は、イノベーションの第一歩は、日々の仕事の中で多様な発想を持ち、また、他者の発想を受け入れ、小さなものでもいいからとにかく取り掛かってみること、それも方法や道は一つではない、ということです。
次回からはこの「イノベーションのスタイル」について、心理学的な背景を絡めて、お話ししていく予定です。読者のみなさん一人ひとりのチャレンジのお役に立てれば幸いです。
- [1] 「組織の」イノベーションのほとんどが、組織力を結集していかなければ実現できないものであるのは確かです。近著”Creative Construction(2019)”の中でハーバード・ビジネス・スクールのゲイリー・ピサノ教授は「企業がイノベイティブになるための最初のステップは、適切なイノベーション戦略を生み出すことだ」と述べておられますが、この言葉でもわかるように、組織「として」のイノベーションは、実は戦略論や市場の動向把握、リーダーシップ、組織文化や組織心理学(心理的安全性など)も絡んだ大変複雑な課題です。本稿はその入り口として、問題を捨象し、起点となる個人について議論を進めます。
- [2] オックスフォード大学の准教授(現在は教授)で機械学習の専門家であるマイケル・オズボーン氏が2013年に発表された共著論文『雇用の未来』において、「世界平均で47%の仕事が消滅する」というショッキングな予測がなされ、世界を驚かせたのは記憶に新しいところでしょう。
- [3] この例は脚注1で挙げたゲイリー・ピサノ教授の著書から引用しました。
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