コロナ禍を機にあらためて考えるキャリア開発

2021年5月25日

キャリア開発は、優秀な人材の育成と確保、組織の活性化のためには欠かせないものです。しかし、働き方改革、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換、コロナパンデミックの長期的影響により、キャリアに対する考え方そのものが変わってきています。本記事では、キャリア開発が企業にとって必要な理由、これからのキャリア開発の注意点についてお伝えします。

キャリアに対する考え方の変化

近年の企業のグローバル化、IT技術の進化によって、社員に求められるスキルは多様化しています。日本の企業文化では、組織のなかで昇格や昇進することがキャリアを伸ばすことであるという考え方が根付いていました。しかし、終身雇用の文化は変化しつつあります。「人生100年時代」といわれるように長寿社会を迎えていることや、政府による「働き方改革」の実施、メンバーシップ型からジョブ型雇用への転換、コロナパンデミックの影響などで、雇用制度の在り方やキャリアそのものに対する考え方が変わってきています。

コロナによって変わるキャリア意識

新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークが中心となる働き方へシフトしたことで、転職・キャリアアップ・副業(複業)などをふまえた今後のキャリアを検討するための情報収集を開始したり、スキルアップのための勉強を始めたりするなど、多くのビジネスパーソンが自分のキャリアに対して何らかの意識の変化を感じ、自発的な行動を取りはじめています。時代の変化を生き抜くためには、変化に対応する適応力が必要になることから、これまで以上に、社員一人ひとりが自分の適性を活かし、多様なスキル・知識を身につけることが求められています。そして、このような現状を踏まえ、企業も広い意味でキャリアを捉え、社員の人生がより充実したもの、幸せなものになるために何ができるかということを考えたり、それに合わせて提供しているキャリア開発プログラムについて見直したりしはじめています。

そもそも、キャリア開発とは何か?

キャリア開発は、企業の経営理念や人事戦略を軸に、社員一人ひとりの能力やスキル、職務の開発を中長期的な計画に基づいて実施することです。ここでいう「キャリア」とは、仕事の成果や実績だけではなく、働き方や仕事も含めたその人の生き方そのものを指します。これまでの自分のキャリアを振り返ったうえで、これからどのようなキャリアを築いていきたいか、今後どのような能力を得て、どのような経験が必要かを企業とともに考え、必要な支援をしてもらいます。

「キャリアパス」「キャリアプラン」「キャリアデザイン」との違い

キャリア開発に関連する似た言葉で「キャリアパス」「キャリアプラン」「キャリアデザイン」があります。

キャリアパスは、ある特定の職位や職務に就くまでの道筋を示したものです。主に企業側が社員に対して提示するもので、企業のなかで成長することを前提としています。これに対し「キャリアプラン」や「キャリアデザイン」は、社員一人ひとりが自分自身で考えるものです。キャリアプランは、自分自身の仕事や働き方について、目指す将来の在り方と具体的な目標を立て、目標達成のための計画を立てることです。転職や独立も選択肢に含まれます。キャリアデザインは、仕事だけではなく、プライベートも含めた生き方を設計することを意味します。

キャリア開発の重要性

なぜキャリア開発が企業にとって重要なのでしょうか? その理由について説明します。

1. 自律型人材の育成による組織の活性化

企業は、常に変化に対応する柔軟性と成長力が求められています。変化に対応し企業が成長していくには、会社からの指示を待つだけではない、自らの意思や価値観によって自分自身のキャリアを豊かにできる自律型人材が必要不可欠とされています。組織を活性化させ、企業が成長し続けるために、自律型人材の育成は大きな課題なのです。

2. プロティアン・キャリアの実現

プロティアン・キャリアとは、社会や環境の変化に適応しながら、柔軟に仕事や働き方を変えていく変幻自在なキャリアを意味します。これまでのキャリアの価値観では、ひとつの組織に所属し続け、自分のキャリア形成を企業に任せる社員も多くいました。一方、プロティアン・キャリアでは、個人が主体となり、複数の組織に所属するという考え方をします。社員が自分の強みや個性を充分に活かし、仕事を通じて能力を開花させるだけでなく、環境に合わせて自分自身を柔軟に変化させる適応力を高め、自ら主体的にキャリアを形成していくプロティアン・キャリアの実現は、企業の成長や組織の活性化に大いに貢献する可能性があります。

3. 優秀な人材の定着

成長意欲のある優秀な人材にとって、キャリア開発に力を入れている会社はとても魅力的です。新しいキャリアを築きたい、さらにステップアップしたいという求職者に対して求人のアピールポイントになり、企業側は優秀な人材を獲得する機会が増えるというメリットにつながります。また、キャリア開発支援に力を入れている会社は既存の社員にとっても魅力的です。長期就業を希望する社員の増加につながり、結果的に、優秀な人材の定着につながるでしょう。

キャリア開発の手法

キャリア開発には次のような手法があります。

1. キャリア開発研修

自分自身のキャリア開発について深く考えるためには、まずは社員が自分自身と向き合い、自分の価値観や強みを知り、今後のキャリアの方向性やビジョンについて言語化することが重要になります。キャリア開発研修には、そのような自己認識を深めるものや、その気付きに基づいて何をするかを計画にしていくようなキャリアデザインに関するものなどがあります。また、リモート環境で成長に不可欠な「リフレクション」がしにくくなっているということから、成長のための振り返りを主眼にしたものや、ひとり一人が自分の想いに基づいてリーダーシップを発揮する必要性が高まったことにより、アクション志向のワークショップなども増えてきています。人事・人材開発部門として、自律的なキャリア形成や自ら行動することを期待するものの、その支援をする手段としての研修の役割は、まだ重要な位置づけを占めています。

  • 自律的に学ぶ人材の育成をするための仕組みとしての、選択式(社員が自ら選択して参加できる)研修や自ら学びの機会を探すような姿勢をサポートする仕組みに対しての投資も増えてきています。

2. キャリア開発面談

上司と部下の間で面談を行い、キャリアに関する悩みや不安を解決して、社員を適切な方向へ導くことも、キャリア開発の成功に欠かせない重要なポイントです。上司や先輩社員にキャリアについて相談するキャリア面談のほか、外部のキャリアコンサルタントに相談する「キャリア相談」が挙げられます。

3. 人事異動による配置換え

同じ部署や同じ職種で長く働き続けることで専門性をより高めることはできますが、中長期的なキャリアを考えると、他部署でさまざまな経験を積み、スキルやネットワークの幅を広げていくことも大切です。キャリア開発の一環として行う人事異動には、異動希望を自分から申告する「自己申告制度」、異動を希望する部署に対して、自分の経験やスキル、強みをアピールする「社内FA制度」、増員を必要とする部署や職務を社内公募する「社内公募制度」、人材戦略に基づいて定期的に部署異動や担当業務の変更を行う「ジョブローテーション」などが挙げられます。

4. フィールドワークによる実践

キャリア開発の一環として、社会の課題解決のための現場にフィールドワークを実施し、キャリアに関する考え方や新規事業創出に影響を与えるような取り組みを行う企業も増えています。こうした実体験は、自分の意思や価値観を揺さぶる体験として非常に有意義であり、主に次世代リーダーを育成する場面で実施されています。

キャリア開発に取り組む際に注意すべきこと

企業目線ではなく、あくまで社員主体にする

企業の意図や人材戦略に従わせるのではなく、本人が目的意識を持って自発的に取り組める環境を作ることが重要です。テレワーク環境下では、特に、意識した環境づくりをしましょう。企業が半強制的にキャリア開発を行うのではなく、本人の意思や価値観を起点としたキャリア開発の場を作ることが非常に重要です。

社員の属性や志向に応じたサポートをする

積み上げていくべきスキル、必要な経験、目指すキャリアはそれぞれ異なります。社員一人ひとりのキャリアプランをしっかりと把握し、職種、役職、年次、個性に応じたきめ細かいサポートを行いましょう。

キャリア相談をできる窓口を設ける

自分のキャリアについて、誰もが悩むものです。特にコロナ禍では「目標が見えない」「今後のキャリアについて考えられない」「どう行動すればいいのかわからない」といった不安に陥りやすくなります。不安を抱えた社員の心の声に気づき、寄り添ってあげることが非常に重要です。社員の不安の解消やメンタルヘルス対策として、社員が気軽にキャリア相談できる窓口を設けましょう。

まとめ

キャリア開発は、優秀な人材の育成と確保、組織の活性化のためには欠かせないものです。社員の主体性・自律性を伸ばし、自律型人材を育成していくことが求められています。しかし、自律的なキャリアの開発を企業が研修などによって「教育する」という行為は、いささか矛盾があります。企業は、社員の主体性・自律性を促す場をどう作るか、そして、社員の主体性・自律性を邪魔してしまう要因をどう排除していくかを考えていかなければなりません。そうした要因を排除していくことが、今、キャリア開発の現場で求められています。