「心理的安全性」は心理学の分野で用いられていた言葉ですが、近年ではビジネスの場でも使われるようになりました。心理的安全性を高めるとチームの結束力は強化し、パフォーマンスが向上するなど得られるメリットが考えられます。いくつかの事例を参考に、心理的安全性の有効性について考察します。

心理的安全性とは

心理的安全性という言葉は、英語の「サイコロジカルセーフティ(psychological safety)」を和訳した心理学用語です。上下関係にとらわれず、自由に発言できる環境や雰囲気であることを指します。この状態であれば、互いに刺激しあい、学びの機会が増え、業績が向上しやすくなります。

たとえば、あるプロジェクトの戦略会議に参加しているとき、アイデアを思いついたとしましょう。その場で自分のアイデアについて発言をしたときに、同僚にからかわれたり、上司に「そんな考え方しかできないのか」といった言葉を浴びせられたりしたら、次に同様の場面に出くわしても発言をためらうようになるでしょう。そうした環境は、発言者だけでなく、会議参加者全員に影響をおよぼします。発言者が馬鹿にされ、叱責される様子を見た誰もが、建設的な議論をしなくなるのです。このような状態に陥ったチームには、心理的安全性を感じる要素はないといえます。

心理的安全性は、Googleの生産性向上プロジェクト「アリストテレス」で改めて注目されました。近年、日本の農林水産省が公表した「食品製造業における労働力不足克服ビジョン」や金融庁発表の「金融行政の方針」でも、心理的安全性という言葉が用いられ、ビジネス面でも大きな関心となっていることがうかがえます。

心理的安全性が人や組織に与える影響

心理的安全性が人や組織に与える影響をハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソン氏についての記事「「チーミング」の実践こそイノベーションの源泉である」を参考に、探ってみましょう。

ハーバードビジネススクールの教授を務めるエイミー・C・エドモンドソン氏は、組織行動、組織心理学を研究対象とする研究者です。同氏は、チームでは知識や技術の獲得を目的とした学習が行われるけれども、チームごとの心理的安全性が異なれば、チーム学習の成果も異なることを検証しました。

エドモンドソン氏の定義によると、チームとは、いくつかの共通目標を達成するために相互依存している人々のグループであるとされます。また、チームの心理的安全性とは、対人関係のリスクを負うことに対して安全であることをチーム全体が共有している信念と定義しています。

心理的安全性が不足しているチームにおいては、4つの不安と行動特徴が現れるとされています。

4つの不安と行動特徴

  • 無知だと思われる不安:「知らない」「わからない」が言えなくなり、わかったふりをして業務を続けることになる。
  • 無能だと思われる不安:失敗したらいけないと思い込む、あるいは、自分のあやまちを認めることができなくなる。
  • 邪魔になっていると思われる不安:自分の発言が進行を妨げるのではないかと考え、自発的な発言や新しいアイデアを積極的に出せなくなる。
  • ネガティブだと思われる不安:否定的に捉えられる可能性のある発言や、慎重になるべきだとの指摘をすると、積極性や行動力がないと思われるのが心配で、失敗するかもしれない可能性に気がついても指摘できなくなる。

エドモンドソン氏は、このような不安と行動特徴が現れると、多くのチームではメンバーが自己行動を制限してしまい、相手にどう思われるかを気にするあまり、本当の自分の能力が発揮できなくなると指摘しています。

Googleが見出したチーム成功の鍵は「心理的安全性」

エドモンドソン氏がチーム学習における心理的安全性の重要性を指摘したのと同様に、Googleは約4年かけて「成功するチームに共通する法則性」の調査を実施しました。

調査報告では、チームが成功するためには5つの鍵が存在するとしており、そのひとつは心理的安全性でした。しかも、心理的安全性はチーム成功にもっとも重要な要素であると結論づけています。

Googleが調査結果から導き出したのは以下の5つの鍵です。

  • 心理的安全性:不安を感じず、自分の本来の能力を発揮できる環境がある
  • 信頼性:メンバーを互いに信頼して、相手に仕事を任せることができる
  • 構造と明瞭さ:チームが目指すべき目標やそれを達成するための役割分担、行動計画が明確に提示されている
  • 仕事の意味:メンバーが自らの役割に対して意味を理解し、自覚をしている
  • 仕事のインパクト:チームが定めている目標や自分の仕事が社会に対して良い影響力を持っていると確信できている

こうした鍵が機能するためには、メンバーがそれぞれ主体的な行動をとり、互いに認めあいながら生産的な議論ができる環境が整っていることが重要といえるでしょう。それこそが、心理的安全性が確保された環境なのです。

日本の企業が学ぶべき心理的安全性

日本の企業においては、能力主義が評価の基準となっているところが増えているとはいえ、上下関係は明確です。上司の意見に真っ向から疑問を呈したり、反論したりすることがためらわれることも少なくありません。しかし、成長し成功するチームであるためには、心理的安全性の確保が重要であることは明確です。

言い換えれば、リーダーとなる人材が、チームメンバーが本来の能力を発揮できる環境を整えるための配慮をする必要があります。

チームメンバー誰もが自分の意見を忌憚(きたん)なく発言でき、ほかのメンバーの意見からも学べる環境を構築することで、チームは成長することができるといえます。上司の命令だから、会社の方針だからと受け入れるだけでなく、企業が成長し、社会に貢献できるための積極的な意見の提起や、行動を起こすことができる環境づくりが重要なのです。

心理的安全性の確保された環境づくりは、上司・部下の人間関係を見直すことから

心理的安全性はチームメンバーがリスクを負っても大丈夫だと感じ、互いに弱い部分をさらけ出すことができる状態ともいえます。この言葉は以前から存在していましたが、エドモンドソン氏の研究、またGoogleの調査成果から、チームの成功にもっとも重要な要素として明らかになり、ビジネス界で大きな関心を集めています。

優れた上司・リーダーが心理的安全性を育みます。メンバーが働きやすくなるような他者への配慮が、間接的にチームの生産性を高めることにつながるのです。日本企業でのこうした風土づくりは、上司と部下の人間関係のあり方の見直しからはじめることで構築できるのではないでしょうか。