イノベーション的発想はどこから来る? アイデア創出のヒント④

2020年10月13日

本シリーズでは、個人のイノベーションのスタイルを起点として、日常の仕事の中で「いかにしてイノベーションに踏み出せるか?」を考えてきました。

一方で、今後のテクノロジーの進化を考慮に入れると、イノベーションにおける人間の役割も変わってくることが予想されます。そこで前回は、「近い将来のビッグデータの時代に、人間に期待される役割とは何か」を検討しました。すると浮かび上がってきたのが、一般に「仮説思考」と呼ばれるもの、すなわち論理学で「アブダクション(abduction)」と呼ばれる推論の形式の重要性と可能性でした。

人間の可能性にはまだいろいろなものがあるにしても、イノベーションを実現する上で、アブダクションや仮説思考と呼ばれる推論の方法は、考えるための良いきっかけとなりそうです。そこで今回は「まとめ」として、前々回にご紹介したイノベーションのスタイルとアブダクションとの関係を探っていきたいと思います。

復習:アブダクションとは何か? イノベーションに関わりがあるのか?

復習を兼ねてアブダクションの定義について述べると、それは「不完全な、もしくは部分的な情報や証拠しか存在しない時でも、『こうではないか』という仮説や理論、あるいはモデルを構築するような推論の形式」とまとめることができます。

このような推論を行う場合、多くは、さらに証拠を集めて仮説を練り上げる、逆に反証が見つかった場合は仮説の一部もしくは全部を変更する必要があるでしょう。それら一連の推敲も含めた「推論過程の全体」がアブダクションだと見ることもできます。[1]

最近の研究でわかってきたのは、科学的発見や発明の多くに、このアブダクションが関わっている可能性が高い、ということです。当然、私たちが主題としているビジネスのイノベーションにも重要な役割を果たすと考えられます。

実際、前回も取り上げたように、今後のイノベーションはビッグデータの存在を抜きにしては語れません。たとえば商品開発ひとつを取っても、ビッグデータの解析で得られたマーケットの動向を無視することはできないでしょう。

もちろん機械学習のテクノロジーが進化したおかげで、データがどんなパターンを示しているのか、機械にもある程度の判断はできるようになりましたし、ブログ程度なら、キーワードを与えただけで、自分で作れるようになっています[2]。しかし、たとえばビッグデータの解析結果から「マーケットの動きに関する仮説や理論」を導き出し、それを企画や計画に結びつけるような複雑なプロセスは、まだ人間にしか遂行できません。ここにアブダクションの能力が関わっていることは明らかでしょう。

つまり、今後ますます「仮説思考」「アブダクション」の重要性は高まるだけでなく、これは今のところ(そして、しばらくの間は)、人間にしかできない推論の方法なのです。

イノベーション・スタイル別の、予想される「仮説思考」の違い

イノベーションにおけるアブダクションの重要性を見れば、イノベーションに取り組む際に、こうした仮説思考を応用してみようと考えるのは当然です。

それでは、本シリーズの第2回でご紹介した「イノベーションのスタイル」は、仮説思考にどのように関わっているでしょうか? スタイルによってこうした推論に対する得意不得意があるのでしょうか?

……少なくとも、ご紹介したイノベーションのスタイル分類に関する限り、「このスタイルの方がアブダクションに有利」という事態は、理論的にも考えられません。仮にこの4つのスタイルの人たちに、「仮説を作るのに、どのようにしますか?」と質問したら、きっと次のように答えることでしょう。

Aさん

私だったら、類似の現象や事態を説明している理論を、できる限り調べるでしょうね。もちろんぴったり合うものは見つからないにしても、組み合わせたり変形したりして説明できるんじゃないかと考えます。
とにかく、しっかりした足場になりそうな理論や科学モデルを探して、それらをフルに活用して仮説を立てると思います。がっちりしたブロックを探して組み立てるようなやり方が、性に合っているんです。

Bさん

もちろん、その分野の知識を十分に持っているということが前提ですが、私の場合は、やはりイメージから入るでしょうね。頭の中で、いろいろな「部分」があるべきところに収まって説明したい現象が説明できるようになるまで、つまり「しっくりくる」ところまで、あれこれとイメージを作り変えると思います。
私は絵が下手ですが、それでも落書き的な図をいろいろ描いて、イメージを膨らませることもあります。何よりもイメージですよ。

Cさん

私ですか? とにかく何か、データをすべて説明できそうな仮説を作って当てはめます。最初はもちろん、ちょっとした思いつきや思い込みですよ。当然、まるでダメでしょうね。そんなのは織り込み済みです。だから仮説を作り変えます。たぶんまたダメでしょう。で、また作り変えて当てはめます。これを何度もやって、徐々に仮説を練り上げていくのが好きですね。まあ、子どもの粘土細工みたいなものですかね。

Dさん

断片的な情報や証拠しかないんですね? う〜ん、弱ったな。そういう状態で何かを言うのは好きじゃないんですよ。でも私なら、そうしたバラバラの情報をいっぺんに説明できる仮説を作ろうとしないで、どれか一つか二つを十分に説明できる仮説を考え、次に他の情報が説明できるようにそれを修正し……という具合に、一歩一歩、漸進的なプロセスで進むでしょうね。いわば匍匐前進というところです。

もちろん、ここで挙げたのは、理論的に考えられる典型例ですから、別の道筋で仮説を導く人もいるでしょう。

ですが、このように、どのスタイルであれ、仮説思考ができないということは、理論上ないはずです。それというのも、心理学的な研究によれば、私たちは日常生活において、これに近いことを毎日のように行っているからです。

私たちは、日常のさまざまな場面で、不完全な情報をもとに仮説を立て、それに基づいて行動しています。卑近な例を挙げると、食べ物屋さんの入り口から延々と行列が続いていたら、「この店はきっと味が良い繁盛店なのだろう」と考えるのも、ある種の仮説立案です(もっともこの例は、仮説立案というより、単なる習慣的な連想思考「行列=美味しい店」なのかもしれませんね)。

当分は、機械と人間の役割分担の仕方がポイントに

アブダクションによる推論形式は人間が誰でも持っている能力とはいえ、イノベーションに使うとなれば、やはり、それなりの知識と経験をベースにしたものでなければ、役割を果たすことはできません。

それというのも、アブダクションは、人が持っている知識の量や質、概念の枠組み(世界観や常識のようなもの)に依存しますし、手にしている情報が不足している分、歪みやバイアスがかかりやすい側面も持っています。

つまり、不確実性の高い環境で力を発揮するアブダクションといえども、十分な知識がない状態で行えば、それは単なる「当てずっぽう」にしかならない危険性をはらんでいるのです。

一方で、これからのビッグデータの時代には、手に入るデータは膨大なものになり、結論のサポートをしてくれる証拠の量が飛躍的に増大することが期待されます。ここでは機械学習システムや人工知能のアドバイスも効果を発揮するでしょう。人間の間違った判断を正してくれるシステムも登場するかもしれません。

ただし、どんなにデータが膨大なものになり解析技術が強力なものになっても、仮説を練り上げ結論を引き出すのは、今のところ人間の役割です。そしてデータは時として、解釈の仕方によっては正反対の結論を導くことさえ不可能ではありません。言い換えると、その分野の知識と経験、証拠を積み重ねていって仮説を練り上げる粘り強さ、先入見やバイアスにとらわれない柔軟な態度が不可欠な要素となります。それがあって初めて人間は、機械との協調関係を結ぶことができると言えます。

要するに、人間と機械との、互いの強みを生かした協力の仕方いかんが、今後のイノベーションのポイントになると考えられるわけです。

まとめ

いずれは人工知能にブレークスルーが訪れ、人間並みの推論能力を身につけるようになるかもしれません。

それまでは、イノベーションにおいても、ビッグデータの処理と解析に長けた機械学習や人工知能と、仮説構築や直感に長けた人間の協力関係が、成功のカギになると予想されます。

第2回でご紹介したように、イノベーションに関わる人間の発想の仕方はさまざまで、私たちはそれを4つのスタイルに分けました。もちろん、どのやり方で発想を生み出してもよいのです。仮説の構築の仕方もどれが優れているというものではなく、人により、また状況によって変えてよいわけです。

最後になりますが、申し上げたいことがあります。今回のシリーズでご紹介した「イノベーションのスタイル」は、最近流行りの「発想法」や「思いつき方」の「クイック・レシピ」ではありません。

実際、読者のみなさんはとっくにお気づきだと思いますが、この理論は「いかにスマートな発想に辿りつくか?」や、そもそも「スマートな発想とは?」には、まったくと言っていいほど触れていません。

一言で言えば、「何かを創造しようとする際の(心の)姿勢や取り組み方」を示しているのです。

「イノベーションは、意欲さえあれば誰にでも取り掛かれるが、ただし各々に適したプロセスがあり、それさえわかれば、誰でも何かを形にできる。とにかく形にしてみよう」ということをお伝えしているのです。

たとえば、イノベーションの4つのスタイルを用いたウィルソン・ラーニングのコースでは、かなりシッカリした「ワーク」が導入されています。これも、まさに「やってみなければ何も始まらない」というスタンスだからです(そして最後まで、つまり形にするところまでやらなければ、イノベーションは起こせないでしょう)。

とはいえ、「何かを始めるための一歩」を踏み出すのを恐れることはありません。繰り返しになりますが、どのスタイルのやり方に準じても自由ですし、状況によって変えても構わないのです。

これを読んでいる貴方がインスピレーションやイメージがなかなか湧かないタイプだったとしても、関連するデータを幅広く集めて比較するところから始めたり、何でもいいからとりあえず手を動かしてみたりする、でもいいのです。

これからの時代の機械との協同には、人間のそうした能力が強みとなるのですから。

本シリーズでご紹介したイノベーションに向き合う4つのスタイルを用いたコースの詳細は以下をご覧ください。
発想力を強化するイノベーションプロセス実践トレーニング
INS イノベーションスタイル
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