ノバルティスにおけるカルチャー変革の実践と、カルチャーを作る上で必要な要素

スイス・バーゼルに本拠地を置くグローバルヘルスケア企業、ノバルティス。
グローバル全体において推進している企業カルチャー変革は注目を集めているが、「Inspired, Curious, Unbossed」をキーワードにした、その変革の動きが日本ではどのように進められているのか──「カルチャー変革の実践と、カルチャーを作る上で必要な要素」というテーマで、ノバルティスファーマ株式会社 執行役員 人事統括部長クリステル・ラベズさんと、エンゲージメントやリーダーシップに関して長年の経験がある弊社社長 トム・ロスが対談しました。

クリステル・ラベズ
ノバルティス ファーマ株式会社
執行役員 人事統括部長

フランス生まれ、これまでアメリカ、欧州各国、ロシア、日本などで就業し、人事プロフェッショナルおよび人事統括責任者として20年以上の経験を持つ。2012年にノバルティス入社、スイス本社の人事部門担当ビジネスパートナー、ロシアの人事統括責任者を経て2018年8月に来日、現職に就く。趣味は乗馬でセミプロの腕前。毎年休暇には、愛馬2頭が待つポルトガルの農場でアクティブに過ごしている。

トーマス・ホリス・ロス
ウィルソン・ラーニング ワールドワイド
代表取締役社長COO

人材開発ソリューションの開発・導入に40年以上の経験を持つ。ウィルソン・ラーニングの戦略と事業の責任者。現在も従業員エンゲージメント、リーダーシップ育成、戦略の一致、事業変革などの分野において、経営層リーダーシップチームをグローバルで支援している。グローバルR&Dおよびソリューション展開を行うグループの最高責任者、ウィルソン・ラーニングアメリカの社長へて現職。

カルチャー変革を進める背景

トム・ロス(以下T):今日のトピックは、企業カルチャーの変革(Culture Transformation)です。
まず、日本法人で、これまでに取り組まれてきたこと、そして、どのような考えから、取り組みを進めてきたのかをお聞かせください。

クリステル・ラベズ(以下C):カルチャーを変えることは、常に事業の成長とセットになっています。単に、カルチャー変革が独立して存在するわけではなく、そこには、変革を必要とする、成長に対する課題があるのです。今回私たちが取り組んでいる変革は、ヘルスケアの世界が今大きな変化の渦中にあるということがきっかけになっています。

T:日本に限らず、製薬を含むヘルスケア企業は、これまでのやり方ではビジネス上の成長を続けていくことができなくなることが見えていますね。もちろん、どの業界も言えるのでしょうが、収益性と生産性の向上のため、これまでのやり方、考え方を変える必要があるということはよく伺う話です。

C:ビジネスの「やり方、考え方」という意味で、これまで私たちの業界は、シンプルだったと言えます。競争相手は数が限られており、誰と競争するかは明確でした。ただ、これからは、競争の範囲はより幅広くなり、誰が参入してきてもおかしくないという状況になっています。GoogleやSamsungなども含まれるようになるかもしれません。さらに状況が複雑なのは、こうした企業は将来的に私たちの「競争」相手になるかもしれないし、「共創」相手にもなるかもしれないということです。ヘルスケア業界が進化していることを示していますが、今後も市場をリードする立場でいるためには、私たちは変わらなくてはなりません。

私たちは、カルチャーが成果を上げる原動力になると考えています。そのカルチャーとは、単にみんなにとって心地良く、オープンな雰囲気であるということだけではありません。その先に、不確実な現在の競争の中で、業界をリードする立場であり続けるための、シビアな成長への信念があるということを忘れてはいけないと考えています。

このようにしてカルチャーの変革が始まりました。

T:ノバルティスの一連の取り組みでは、持続的に成長するための原動力として「新しいカルチャー」が必要だというグローバルレベルでの共通認識があることが素晴らしいと思います。人事部門の一過性の取り組みでなく、全社を挙げた成長への取り組みという本気度合いが伝わってきます。では、具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?

カルチャー変革に向けたノバルティスの取り組み

C:カルチャーを変えていくために、さまざまな取り組みを行っていますが、特にリーダーにおいて重要なのは、セルフアウエアネス(自己認識)です。私たちが、「Unboss leadership experience」と呼んでいるリーダーシップ開発ワークショップでは、自分が本当に求めているものや人生の目的、意思決定をする際の基準、そして、自分自身のマインドセットを内省する機会を通じて、自分をどれだけ知っているのか、誠実であるか、自分の弱さに向き合えるか、ということを対話の中から理解していくことを支援しています。

T:ウィルソン・ラーニングは、リーダーシップとは、エッセンスとフォームの組み合わせだと考えています。エッセンスとは、リーダーとしての「あり方(being)」、そして、フォームとは、リーダーとして「何をするのか(doing)」のことを言っています。

変化が激しく、さまざまな状況に応じた意思決定をしていくような、今のリーダーにとっては、自分の価値は何かということ、つまり、あなたがよって立つものは何かということがより重要になっています。よって立つリーダーシップのエッセンスがなければ、状況に振り回されてしまいます。変化の中で、新しいものを作っていく時には、自分自身の軸になるものを持っているということが重要になりますよね。その意味で、「Unboss Leadership experience」は、貴重な機会を提供していると言えます。

C:もうひとつ特徴的な取り組みがあります。年に4回実施している社員意識調査です。通常は、社員意識調査を行ったら、詳細にデータ分析して、アクションプランを作成すると思います。そして、そのプランに沿って行動をトラッキングし、効果を検証する。私たちは、これを変えようとしています。「アクションプランはいらない」と言っているのです。私たちがリーダーにやって欲しいと思っているのは、対話を通じたフィードバックを得ることです。

「アクションプラン」について注意しなくてはならないのは、私たちの中に、「毎回状況が改善されなくてはならない」という思い込みがあるということです。ノバルティスでは、常に改善を期待してはならないと考えています。なぜなら変化の時期のリーダーは、変革を促し、さまざまなことを試す必要があります。こうした実験的な活動は、失敗することが多いのですが、それにめげず試行錯誤を繰り返さなければならないことがあります。一方で、これまでの手法で、常に改善をしてポジティブであることを求めると、失敗をしてはいけないというマインドセットに陥ってしまうのです。

私たちは、常にポジティブでなければならないという「これまでの当たり前」にとらわれず、リーダーに対して、後戻りすることも許容し、失敗から学び、次のチャレンジを促すようなカルチャーを作りたいと思っているのです。

T:人は、失敗を怖がります。それが普通ですね。そして、うまくいかなかった時、「うわ、なんだこれは!」と恐れてしまい、元の習慣的言動に戻ってしまうものです。アクションプランを立てることを否定しているということより、それによって起きている副作用がノバルティスのカルチャー変革の阻害要因になるという考え方があるということですね。

C:そうですね。そして、それは組織についても同じです。ノバルティスは完璧を求める組織で、失敗を嫌っていました。だからこそ今、私たちは完璧主義のハードルを下げ、むしろ失敗を歓迎するようにしています。そして、元に戻らないようにチャレンジをしているのです。失敗するリスクを取れないようなら、イノベーションはあり得ない。いつでも、答えはシンプルですね。

コラボレーションを生み出す環境をつくる

C:イノベーションの話が出ました。それに関連して、最も興味があることのひとつが、真にオープンに、インクルーシブに聴くことができ、コラボレーションを促進できるリーダーを持つにはどうしたらいいかということです。何かアイデアはありますか?

T:コラボレーションについて考えた時、リーダーが実践すべき3つの要素があると考えています。

1つ目は、「Listen to Learn」。チームメンバー全員の持っている力を生かすために、知識や技術のレベルに違いがあっても、好奇心を持ってそれぞれの話に耳を傾け、学ぶ姿勢でいる、ということです。

2つ目の要素は、「Express to explore」。アイデアを探求するために、まだ固まっていなくても、口に出して表現してみようということです。「まだ形になっていないけれど、可能性を探っているんだというと、ちゃんとしたアイデアに固まってから、戻ってきなさいと言われる」という話を聴くことがあります。そこで、アイデアは死んでしまうのに・・・。

3つ目の要素は「Integrate to Innovate」。本当に協力できるチームでは、何かを実行する時に、そのアイデアが誰のものかは関係ありません。わかっていることは、チームメンバー全員がテーブルにつき、みんなの考えが少しずつ重なって、ひとつのアイデアになっているということです。

C:私も同じようなことを考えたことがあります。自分のチームのメンバーをバーゼル(本社)に異動させる 時に、「(バーゼルでは)カフェテリアにいて、特に何か相手に貢献できることがなくても構わないから、なるべくたくさん話をしなさい」というアドバイスをしていました。日本でも、「知識のあることについてしか話せない」とか、「何か相手に価値を付加するようなものを持っていないと話せない」と思って、積極的に対話できない人が多いのではないでしょうか。そういうタイプの人たちはバーゼルのような(対話から新しいアイデアが生まれるとみんなが思っている)環境ではなかなかうまくいかないのです。

T:相互信頼が影響しているかもしれませんね。信頼度が低いカルチャーで何が起こるかというと、組織は静かになります。それは話すことの安全性が担保されていないからです。本当のことを話すのがリスクになるからです。

コラボレーションを生み出すカルチャーの話をする時に、よくオープンドアポリシー(※)について話します。オープンドアポリシーをやっているからオープンなカルチャーにつながるとマネジャーは思っているのですが、実際は、実施しているかどうかが、信頼度を示すのではありません。信頼度を測るのは、何人がそのドアを通って部屋の中に入り、部下が自分の考えを伝えたかどうかです。ドアが開いているからといって、誰も来なかったら意味がないですよね。そのためにも、先ほどの3つの要素をふだんから実践することが大事だと思います。

  • ※オープンドアポリシー:マネジャーが、チームメンバー等にとって重要なことをオープンに話し合うことを意図して、自分の部屋のドアを開けっ放しにすること。

カルチャー変革の取り組みを促進するために

T: ノバルティスでは、社員がコラボレーションをして、イノベーションを生み出すカルチャーを作っていくために、さまざまな取り組みをしていますが、取り組みが一過性にならないように、また、変革を定着させるために、他に実施していることはありますか?

C:どのように評価されるかということは、組織がどんな行動をとるか、つまりカルチャーに強い影響を与えます。これまでは、個人主義的なやり方で成功した人たちが評価され、昇給・昇進するというカルチャーが存在しました。このカルチャーは強固で、簡単には変わりません。ただ、私たちは、これからの競争環境の中で、個人で成果を上げるというアプローチよりも、コラボレーションが必要だという強い危機感と思いがありました。そのために、(評価の)プロセスを変えました。先ほどもお話ししましたが、社員は、プロセスを通じて受け取るメッセージに影響を強く受けるからです。

T: 何かコラボレーションをして、新しいものを生み出しても、周囲が無関心であれば、その行動は定着しませんよね。評価プロセスを変えるというのは、勇気のいる方針だと思いますが、クリステルさんが実行できたのはなぜだと思いますか?

C:私が企業カルチャー変革に取り組むなかで、奇跡のレシピがあるわけではありません。ただ、変革のプロセスを進める中で学んだことは、本当にそれをやりたいと望むなら、「大規模に、一気にやる(Go big & Go fast)」だということです。そして、メッセージはトップから発信する必要があると思っています。

ノバルティスCEOのヴァサント・ナラシンハンが2019年6月に来日しましたが、ビジネスの話は何ひとつしませんでした。数字についても、ビジネス戦略の話も全くしませんでした。彼がしたのは、カルチャーとリーダーシップに関する話だけでした。それは、私たちにとっては驚きでしたし、他の国はわかりませんが日本に関しては確実にそうでした。徹底して行うということは重要なことだと思います。このような組織全体の雰囲気は自分にとっても大事なことでした。

カルチャー変革に対してラーニングが果たす役割

T:最後にひとつお聞きしたいのですが、このカルチャー変革を通じて、「ラーニング(学び)」の役割とは何でしょうか?

C:ラーニングの役割のひとつは、カルチャーを形成するリーダーシップ行動の一貫性を高める支援です。これが私の短い答えです。

T:よくわかりました。では、もう少し長い答えは(笑)?

C:ラーニング(学び)について考える時、「好奇心」がとても重要になります。仕事に必要だから学ぶ、仕事を通じて学ぶとよくいわれますが、私たちはそうではなく、どんなことでもよいので単に「学ぼう!」と言っています。好奇心を醸成することで、「学ぶこと」に喜びを感じ、学ぶこと自体を、また、その過程を楽しむことができるようになります。

以前は、私たちは、社員に対して「その学びがあなたの業務にどう役立ちますか」と聞き、すぐに何かインパクトがあるならば投資しましょうという考え方でした。しかし今はその考えを改め、いますぐ仕事に役立つかどうかがラーニングではない、ということを伝えています。

少し特殊かもしれませんが、今、私たちが築こうとしているのは、「業務上必要なこと以外に、何か好奇心を持っていますか?学んでいますか?」と問うようなカルチャーです。好奇心を持つことそのものを奨励しているのです。この活動を集中的に行うために、企業内大学であるNovartis Learning Instituteという組織を2019年に立ち上げ、ラーニング面からもカルチャー変革も進めています。

学べば学ぶほど先行きの見えない明日を切り開く助けとなります。なぜなら、明日あなたがどんな仕事をするのかは、わからないからです。どんな能力を使う必要に迫られるのかわかりません。今後、会社がイノベーティブでベストな状態でいられるように、必要性があるかないかに関係なく、「好奇心」を持って学び続けることこそが重要だと考えています。リーダーには、自分自身もそうであってほしいと思いますし、それを奨励するようなマインドを持ってほしいと思っています。

T:創始者で、優れたセールスパーソンでもあったラリー・ウィルソンの言葉で、私のお気に入りがあるのですが、それは、People hate to be sold, but they love to buy(人は売りつけられるのは嫌いだが、買うのは大好きだ)というものです。ラーニングに関していえば、People hate to be taught, but they love to learn(人は教えられるのは嫌いですが、学ぶことは大好きだ)ということかもしれません。好奇心がイノベーションの源泉であり、その重要な要素が「ラーニング(学び)」である、とお伺いしていて思いました。

今日は、長時間ありがとうございました。

今回の対談で、組織が持続的に成長していくために、新たなチャレンジに社員一人ひとりが取り組むための環境づくりの重要性。また、その「社員一人ひとりが好奇心を持ち、自らを理解し、リーダーシップを発揮する」環境をつくるために、経営層やマネジャーが果たす重要な役割が見えてきました。ウィルソン・ラーニングでは、自らの想いを持って行動するリーダーシップを持つ個人の支援、また、そのような人材が活躍できるようなカルチャーをつくっていくための人事・人材開発部門やリーダー層へのお手伝いをこれまで以上に行っていきます。