リモートワークで顕在化した「対人関係の変化」とは?
前回に引き続き、2020年春以降(個人差はあると思いますが)のリモートワークを通じて私たちが経験した事柄のうち、今後のビジネス社会にも通じるかもしれない知見を、まとめていくことにしましょう。
今回も、営業リーダー四季さんの元で働く4人の若手社員のディスカッション形式で話を進めていきます。
前回は、リモートワークで目立ち始めたワーカーの「心の問題」を、米国での調査結果をもとに論じました。今回は主に対人関係、たとえば四季さんのチームのような「営業」を仕事としている人たちに現れ始めている変化について、これも「リモート先進国」のアメリカの事例をもとに考えていきましょう。
リモートワークで重要性が増した「パーソナル・ブランド」の構築
春永: 僕たち営業職と関わりが深い、お客さまとの関係について、米国で何か新事実はありますか?
四季: 目新しいものは、さほどないわね。ただ、いくつかのポイントが、いよいよ重要視されるようになってきた、とは言えるでしょうね。
冬崎: どんなポイントですか?
四季: 日本ではリモート営業といっても、会社のオフィス同士をつなぐケースも多いけれど、米国では営業担当者もお客さまも、どちらも自宅にいる場合が少なくないの。するとどうなると思う?
夏木: う〜ん、なんだかフランクな雰囲気ですよね。お隣さんの家に行く、みたいな……。
四季: もちろんWeb会議システムで背景は調整できるけれど、それをせずに普通に自室からつないだら、営業担当者は自分の性格や趣味、教養のようなものまで、ある程度さらけ出すことになるでしょう?
夏木: そうですね。うちなんて、普通につないだら本棚がずらっと漫画だらけで趣味がわかっちゃうわ。
冬崎: 日頃の会話からバレているけれどね。でも、そう言われれば、リモートになってから、お客さまの意外な好みがわかったことも多いですね。
春永: うん、ちょっとした品物や置いてある書物に、教養や性格が表れることはあるね。
四季: だから、これがお客さまにとっての新しい信頼感につながっているんじゃないか、という意見があるの。『ああ、この人はしっかりした信じられる人物なんだな』という印象を、営業担当者が与えられるかどうか、という話ね。
夏木: 確かに、人間同士なんだから、その効果はありそうですね。
四季: ハロー効果の可能性もあると思うけれど、生活空間には、その人の性格や習慣がにじみ出るから、無視できないのも当然ね。
ハロー効果(halo effect)
ハロー効果とは認知上のバイアスの一種で、主に社会心理学の用語として用いられるものです。目を引きやすい特徴に引きずられて、他の特徴の評価まで歪められてしまう現象を言います。「ハロー」も日本語にして「光背効果」と呼ぶこともあります。
四季: ただし、表側だけ取り繕ってもダメよ。人は見た目が9割とはよく言うけど、みんなの本当の日常とそぐわない設定をしても、いずれはボロが出るからね。
秋本: それはそうですね。いくら難しい本を並べても、会話の内容が貧相だったら、アレッと思われちゃいますよね。
四季: そんな流れで、米国の営業では『パーソナル・ブランド』というコンセプトが、改めて関心を集めているみたいね。今紹介したようなWeb会議での『自分の見せ方』だけではなく、SNSやブログ、その他のメディアを含めた総合的な取り組みが、パーソナル・ブランドの鍵になる構築方法として検討されているのよ。ただし、言うまでもないけれど、その個人が属する会社のルールや価値観は侵さない範囲で、ということになります。
パーソナル・ブランド
パーソナル・ブランドは、もともと心理学の概念ではありません。その「言い出しっぺ」が誰かについては諸説ありますが、ビジネス分野の自己啓発向けの専門書などで展開され始めたコンセプトのようです。
心理学的に言えば、一貫した人物像を意識的に作り続けられるかどうかは議論の的ですし(たとえばアーヴィング・ゴッフマンのドラマツルギー理論[1])、仮にできるとしても、「信頼感のある人物像」を構築する方法論が、科学的に提案されているわけではありません。
しかし、少なくともネット越しであれば、信頼性を損なうような言動を慎み、自分ができる範囲で、可能な限り信頼性を高める努力をすることは可能でしょう。
春永: つまり米国では、営業担当者は、自分自身についてのマーケティングが必要になっている、と。
四季: そうね。日頃SNSでどんな文章を書いている人なのか、つまり生活態度や趣味、会社を離れた人間関係といった内容はもちろん、正確で品の良い、ちゃんとした文章が書ける人なのか、ということまで、特に初対面のお客さまは気にするらしいわ。
夏木: そういえば、アメリカでは採用の際にSNSをチェックするのは常識になっているらしいし、その専門会社もあるようですね。
春永: 日本でもパーソナル・ブランドが、無視できないものになっていくのでしょうか?
四季: 今はまだ組織に属する人たちが個人レベルでブランディングを考えるほどではないでしょう。ただ、働き方改革や終身雇用の崩壊などを考慮すると、いずれは、視野に入れるべき時代がやって来るんじゃないかな。実際、YouTuberなどは、すでにやっていることでしょう?
リモートワークの営業職は、画面越しなればこその「共感」が求められている
春永: 他にリモートの営業でよく言われていることって、何かありますか?
四季: ひとつ挙げるとすれば、さまざまな米国の営業向けプラットフォームでも、共感(empathy)の重要性が、最近特に指摘されている気がするわ。
夏木: 共感って、相手の感情や感覚を、まるで自分のもののように理解することですよね。
四季: そう。もともと営業担当者にとって基本の能力だけれど、リモートで画面越しになることで、お客さまの心情や期待をいかに把握し対応していくか、アメリカでも、ますます問われることになったようね。
秋本: そういえば、画面越しにお話をしていると、お客さまの細かい表情や仕草がなかなか把握しづらいから、こちらの話がどう受け取られているのか、わかりにくいし、そうなると、共感するのはなかなか難しいです。
冬崎: そうよね。それに欧米人と違って、日本人は、思考をはっきり態度や言葉に出さないから、モニター越しでは、ますますわかりにくいかもしれない。
春永: でも、こんな難しい環境で、どうしたら共感を?
四季: 最終的にはその人の洞察力や感性、そして相手の感情を真摯に理解しようとする姿勢によるけれど、いくつか技術でカバーできるポイントもあるから、学んでおくべきでしょうね。
春永: たとえば、どんな?
四季: 相手の心情を理解するためのインタビュー・スキルを身につけ、これを随時利用するというのは基本中の基本ね。特にカウンセリングから生まれた質問技法は有益だから、学んでおくといいわ。
夏木: つまり、お客さまの心理状態を、むろん適切なやり方で、という条件付きではあるけれど、直接尋ねてしまうわけですね。確かに技術が必要そう。ほかにもありますか?
四季: 商談に入ったら、お客さまにはだいたい共通する意思決定プロセスがあるし、それは心理学的なモデルで説明できることも多いわ。学んでおけば、『今、自分たちはこのフェーズにいる。では、お客さまはこんな心理状態にある確率が高い』と推定できるはず。これも共感のベースになるから、学んでみるといいわね。
ただし、リモートワークになってからは、かく乱要因も多くなったし、お客さまの意思決定も慎重でゆっくりしたものになりやすいから、強引な当てはめはダメよ。いわゆる『行きつ戻りつ』もたくさんあるし、一歩一歩、確認の質問をしながら話を進めないと……。
冬崎: 気をつけます。
春永: だけど、こんな風に世の中全体の変化が急だと、組織もどんどん対応していかなくちゃならないですね。
四季: それは確かね。じゃあ、最後に、ほかに目に付いたアメリカのトレンドを、ざっとお話ししましょう。まだ予測の段階の話題も含めて、ということになるとは思うけど……。
四季さんが言っていた
相手の心情を理解するためのインタビュー・スキルを身につけ、これを随時利用する
お客さまにはだいたい共通する意思決定プロセスがあるし、それは心理学的なモデルで説明できる
このスキルはウィルソン・ラーニングのプログラムで学ぶことができます。
詳しくはこちらから
第1回:リモートワークで顕在化した「心の問題」とは?
第2回:リモートワークで顕在化した「対人関係の変化」とは?
第3回:最終回 変わるもの、変わらないもの
- [1] アメリカの極めて著名な社会学者であるErving Goffman(1922 – 1982)は、彼の「ドラマツルギーの社会学」の観察手法を用いて、人の行動は「時間・場所およびオーディエンスに依存している」のであり、「人間=一貫した行為者」とは考えられない、と主張しました。