リモート・ワーク時代のチーム・マネジメントのあり方は?
世界中で多くの人々を苦しめた新型コロナ・ウイルスは、私たちの生活習慣を大きく変化させました。
仕事のスタイルも、その例外ではありません。特に顕著なのはリモート・ワークの導入・促進で、(運輸や医療、介護など、リモート化が難しい業種業態で働く人々を除いて)多くのビジネスマンが自宅などから、ネットを介して仕事をすることが当たり前の選択肢になりました。読者のみなさんの多くのビジネスでも、同様でしょう。
それでは、緊急事態宣言も解除された今、私たちの仕事スタイルは、完全に元に戻るのでしょうか?
世界的に見ると、「不必要な移動は避ける」というエコロジカルな配慮や、多地域の優秀な人材を活かす意図もあって、IT業界を中心に、コロナ禍以前からリモート・ワークの導入が着々と進んでおり、日本はどちらかというと、その波に乗り切れない状態が続いていました。コロナ禍は図らずも、日本のリモート化進展のきっかけとなったわけです。
こんなわけですから、仮にウイルスがコントロール可能なものになったとしても、リモート・ワークが完全に姿を消すことは考えられず、むしろ「目的に応じてリモートとリアルを使い分ける」仕事のスタイルが主流になる、と考えた方が良いでしょう。
こうした時代の流れを心理学から見れば、「リモート(バーチャル)とリアルの環境を適切に使い分け、あるいは統合しつつ、いかに働く人々の充実感を高めながら、仕事の実を上げるか?」が、これからの組織の課題となっていくと予想されます。
以上のような時代背景を考慮して、今回のシリーズは、心理学や神経科学などの知見をもとに、上の問題、すなわち「仕事におけるリアルとバーチャルの統合」に光を当てていきたいと考えています。
ただしリモート環境の技術的進化は目を見張るほど急で、いつブレイクスルーが起こってもおかしくない状況ですから、テクニカルな議論を重ねていっても意味がないでしょう。そこで今回は5人の登場人物(四季さん、春永さん、夏木さん、秋本さん、冬崎さん)にオフィスでの会話を見せてもらいつつ、折々にTipsをはさんでいく形式で上の問題を検討していくことにしたいと思います。
さて、今しもX社の営業部では社内ミーティングを開始しようとしています。リーダーの四季さん(30代前半)は社内にいて、もう1人、春永さんがオフィスにいます。他の3人は各々の自宅からWeb会議で参加する予定です。メンバーは皆、20代の若手です。
四季:春永さん、ミーティングの準備はできているかしら?
春永:はい、事前に配布された資料は3種類、全部目を通しています。今期はうちのチーム、コロナのせいで成績が厳しいですね。
四季:そうなのよ。ところで他の3人には送ってくれた?
春永:サーバーの共有フォルダーにアップしています。アクセスはしてくれていますが、中身を読んでくれているかどうか、わかりません。3 人ともふだんはリモートで、仕事も忙しいですし……。
四季:これがリモートの最初の関門と言ってもいいわね。
春永:どういうことですか?
四季:それはね、情報共有に関わることなのよ。つまり……
TIPS:リモートの最初の関門
バーチャルでミーティングをする場合、情報共有の「濃度」が問題になります。
オフィスでリアルに接しているメンバーなら、日常の何気ない雑談や、オフィス内を飛び交っているリーダーと他のメンバーの会話などから、無意識に背景知識を吸収することができますし、また、上司や先輩から直接「事前に読んでおいて」と言われたら、資料を読まないことは、あまりないでしょう。
ところが、リモート・ワーク中心で働く人の場合、こうした情報から切り離されてしまい、会議の文脈をつかみづらくなります。たとえメールで情報を送られてもうっかりすると読み忘れていたりすることがありますし、どの資料の優先順位が高いのか、メールの標題を見ただけではわからないことが多いでしょう。ただでさえ、リモート化が進んでメールの数が倍増、3 倍増となったり、共有サーバーのファイルの数が、爆発的に脹れ上がったりしがちなのですから、なおさらです。
この「情報濃度のばらつき」を少なくする方法として多くのレポートで示唆されているのは、①本来の目的のミーティングの前に、情報を共有するための時間を設ける、②定期的にインフォーマルな情報共有のためのWeb会議を行う(たとえば、仕事に関する雑談を行う時間と場をバーチャルに設ける)、といったことです。
ここから、すでにWeb会議に入って2人の話を聞いていた、夏木さん、秋本さん、冬崎さんが話に加わります。
夏木:それなら、Web会議をどんどん開けばいいわけですね。
四季:無駄な開催は避けたほうがいいわね。米国では、Web会議が急増して「Web会議疲労」とでもいうべき心理状態に陥っている人が続出しているという話よ。リーダーが、チームのみんなが何をしているかわからず、Web会議を増やしがちなのも原因のひとつみたい。
秋本:みんな疑心暗鬼に陥っているんですね。
四季:そうね……あら、秋本さん、うまい話の流れを作ってくれたわね。そう、バーチャルが含まれる労働環境でとても大きな問題になるのが、互いの「信頼感(trust)」なの。アメリカの産業心理学会などでも、バーチャル・ワークの前提条件として重要視しているわ。
春永:見えていないところで遊んでいるかもしれない、ということですか?
四季:それもあるけれど、仕事のマネジメントの面は別に扱った方がいいから、機会を改めて説明するわ。今ここで取り上げたいのは、コミュニケーションの「下地」としての「信頼」なのよ。みんな、この前の研修で習った「営業プロセス」のこと、覚えている?
冬崎:「不信」「不要」……という、あれですか?
四季:このテーマの理解に最適だから、あの営業プロセスの枠組みの「最初のステップ」を思い出してね。……今、冬崎さんが言ったように、「不信」のステップというのが最初に置かれていたでしょう?「親密な相互信頼の関係づくり」が目標のステップだったことを覚えているわね。なぜ営業プロセスの一番先頭に置かれているか、その理由はわかる?
秋本:それはやっぱり、見ず知らずの営業担当者がアプローチしてきたら、まず「こいつは信頼に足る人間か」を知る必要があるから、ではないですか?
四季:その通りね。だけど、日本の大企業同士だったら、そこまで変な人が営業に来るわけはないのに、やっぱり信頼関係づくりが必要になるのはなぜか?
春永:確かに……。たいていは、常識を持った大人のビジネスマンですよね。
四季:私が教わったことによると、あの営業プロセスは臨床心理学で確立されているステップから生み出されたものなの。つまりカウンセリングで使われている概念を応用したものなのね。
夏木:それがチームのコミュニケーションと、どんな関係があるんですか?
四季:それはね……。
TIPS:親密な相互信頼の関係づくり
ここでいう「親密な相互信頼の関係」は「ラポール(rapport)」とも呼ばれる、臨床心理学の分野で生まれたコンセプトです。
ごく大ざっぱに言えば、「お互いに自由に心情を吐露できる人間関係」を指すと言って良いでしょう。むろん、通常のビジネスの関係では、家族ほどの親密さを実現する必要はないとはいえ、一定以上の相互の信頼関係がなければ「お互いの真のニーズは何なのか?」を把握することができません。たとえば営業担当者の場合、こうした親密な関係がない状態では、顧客になってくれそうな人が「(内心で)どんなビジネス課題を解決したいと思っているのか」を、把握しにくくなってしまうのです。
春永:格好つけて言えば、「オープンなコミュニケーション・チャネルを開くための前提条件」と言えるわけですね。
秋本:格好つけすぎだろ。
四季:でも、その通りよ。今、秋本さんが、ざっくばらんに突っ込めたのも、お互いの信頼関係があるからでしょう?
冬崎:先ほどの「バーチャル・チームでは信頼(trust)が問題になる」というのは、つまり「相互の信頼関係が築きにい」ということなんですか?
四季:もちろん、オープンなコミュニケーションができない理由はさまざまだけど、私たちのように同じ会社の、しか通常のチーム内のミーティングで注意すべきは、第一に信頼関係の問題だと言ってもいいと思うわ。
夏木:なぜ、既に親しいはずの同じチーム内で、それが問題になるんでしょう?
四季:まずこれからの世の中、リモート・ワーク中心のメンバーがオンラインの会話に加わることがあるでしょう。すとメンバー同士の親密さのレベルにバラツキが出来てしまうことで、ざっくばらんに意見を言い合えない場面も出てく……これが、チーム内のホットな情報・知識の共有の妨げになりかねない、と警告する論文もあるくらいなのよ。
秋本:なるほど。確かに最近は、たまに契約社員の人も会議に入ることがありますね。
四季:それに仕事関係では、いくら親密になったとは言っても家族や学友とは違って毎日一緒にいるわけではないから実は毎回コミュニケーションをとりながら、同時に関係性の再確認を行っているのよ。相手の反応を見ながらね。
夏木:信頼関係づくりは一回で終わりじゃない、というわけですね。
四季:ここで問題になるのが、言葉以外のコミュニケーション、つまり非言語コミュニケーションと言われるものなの。
春永:それって、いわゆる「メラビアンの法則」の話ですか?
四季:ああ……それね。注意しておくけど、一般的なメラビアンの法則の解釈は誤解や拡大解釈が多いから、気をつけた方がいいわ。
TIPS:メラビアンの法則
いわゆる「メラビアンの7:38:55の法則」は、メッセージが両義的で、しかも好悪などの「態度や感情に関わるもの」である場合について述べられたもので、他の種類のメッセージについては言及されていません。このことはメラビアン博士自身が明言されていて、実は明確なメッセージなら、動作が伴わなくても伝わる可能性が高いのです。
四季:とはいえ、非言語コミュニケーションが人間同士の信頼関係の形成に大切な役割を果たしていることは事実だしこれは最近、脳科学的にも証拠が出始めているわね。
夏木:というと?
四季:ちょっとした表情や動作の違いで、活性化する脳の部位が違ってくるの。仏頂面や不満顔の相手を見ると、不安痛みに関わる脳の領域が刺激されるという報告があるわ。逆に笑顔を見ると、前向きの意欲に関わる領域が活性化するうね。こうした脳の反応はコミュニケーションを左右するでしょうね。
秋本:確かに相手が仏頂面では、親密な関係があるとは実感しにくいですね。
四季:そして、これがWeb会議だと問題になるわけ。たとえば私から見ると、春永さんは同じ会議室にいるから大丈夫し、冬崎さんの画像も綺麗に入っているから表情はわかるけれど、夏木さんや秋本さんの画像はやけに暗いし、動きがなくて表情が読みにくいわ。怒ってるようにさえ見える時もある。こうなると話しかけづらいことさえあるでしょう?でなければ、「聞き手に『つまらない話だ』とか『アホじゃないか』と思われているんじゃないか」と不安になることあるでしょうね。
秋本:実は、僕の方も、四季先輩の画像の動きが少なくて、不安でした。
四季:明らかにネットのトラフィックも関わっているわね。
春永:……なるほどね、「不信」というほどではないにしても、Web会議には、そんな壁があるんですね。そう言われれば僕らも無意識に不安を抱えながら喋っていたかもしれないな。
夏木:では、どうすればいいんですか?
四季:もちろん、大きめにうなずいたり指でOKマークを作ったり、あるいは拍手をするなど、反応は明確にしなければらないけれど、表情や動作に頼り過ぎないこと。相手に動作が届かない可能性もあるから。
冬崎:動作に頼れないのか……じゃあ、どうすればいいんでしょう?
四季:まずは基本的なことだけれど、言葉で「おもしろかった」「有益だった」のような、明確な賛意や謝意を挟むこと。「いいね」ボタンも使ってもいいけれど、これはツールや状況次第ね。機械に不慣れだと相手が気づかないこともあるし、年上の方の場合、若手に「いいね」をされるのは不快でしょうから。もうひとつ考えられるのは、これもカウンセリング手法が由来の「アクティブ・リスニング(積極的傾聴)」の手法だと思うわ。
TIPS:アクティブ・リスニング(積極的傾聴)
「アクティブ・リスニング」とは、話者の感情や態度を引き出すための聞き方の方法論で、上の「ラポール」と同様、カウンセリングのために生み出されました。相手の発言を漫然と、あるいは受動的に聞くのではなく、言い換えたり敷衍(ふえん)したりすることにより、①聞き手が話者の発話に強い関心を持っていることを示す、②発話者の本当の感情やニーズを、カウンセラーと対象者が共同で把握することが目的です。現在ではカウンセリングに限らず、コーチングや商談など、いろいろな対話場面に応用されています。
四季:本来、アクティブ・リスニングでは表情や態度も重要だけれど、Web会議では頼りにならないことは、さっき述べた通りね。ただし、動作や態度も、頼れないからといって「手抜き」は絶対にダメよ。見られていることは前提に、態度にも気をつけながら傾聴するべき。
夏木:手抜きはしないけれども「頼り切ってもダメ」ということですね。
四季:そう。……あ、そうだ、もうひとつ重要なのはね、Web会議には「タイムラグ」がつきものだし、話者の呼吸がマイク越しでは掴みづらいから、どこで話者が話を切ろうとしているのか、わかりにくいの。そんな時、アクティブ・リスニングをしようとしてあいづちを打ち過ぎると、相手の話を遮ったり、失礼なところにあいづちが入ってしまったりする危険がある。
春永:でも、どうすればいいんですか?
四季:やっぱり「話者の発言をよく聞くこと」しかないみたいね。実際、話の内容をしっかり理解した上での質問や同意の言葉だったら、たとえ少しはバッティングしても、話者が不快感を持つことはめったにないと思うわ。もちろん、表面的な質問やいい加減なあいづちは逆効果になるから、絶対ダメね。
秋本:アクティブという言葉には「意識的に聞く」という意味も含まれているんですね。
四季:だからね、逆の立場、つまり話す側になった時は、聞き手が「ここでひとつの話題が終わるな」とわかる話し方をすることが大事だ、ということがわかるでしょう? インフォーマルな会話ならあまり気にしなくていいけれど、リモートでの営業やオフィシャルなトークの際には気をつけてね。
TIPS:リモートでの営業やオフィシャルなトーク
一般に、リモートのトークでは、発言を短めに区切り、内容も構造化することが推奨されています。その方が理解もはかどり、聞き手が反応や質問を挟み込みやすくなるからです。しかもリモートの場合、聞き手の環境にはしばしば「注意を逸らせてしまう要因」が存在するので(自宅や別オフィスからのアクセスになるからです)、発言が長くなり過ぎると、聞く側の注意が散漫になりがちです。冗漫にならぬよう注意しましょう。
認知心理学的に言えば、発話の前に、これから話す事柄の「短い予告」をつけるのも発言内容の構造化に有効です。たとえば「2つ理由を述べます」といった簡単なもので十分なのです。ちょっと長めのトークになったら、最後に「以上〇〇と〇〇について簡単にご説明しました」などと、簡単な要約をつけるのも、記憶を構造化するのに効果的です。こうした構造化には、聞き手の記憶を整理し、発言内容を、より覚えやすくするという、大きな利点もあります。
秋本:なるほど。でも、今おっしゃったことは、1人でもリモート・ワーカーが入ると全員がWeb会議システム経由で会しなければならないから、これからのビジネス世界では、皆が忘れてはいけない注意点ですね。他の注意点はありまか?
四季:みんなの場合は、やっぱり「コミュニケーション・ストッパー」かな?
TIPS:コミュニケーション・ストッパー
一般に「コミュニケーション・ストッパー」とは、コミュニケーションのスムーズな流れを阻害してしまう要因、もしくはそうした要因をもたらす人物を指します。ストッパーになってしまう原因は、聞き手の態度や発言にあります。上記の「アクティブ・リスニング」が相手の話を引き出すものであるのに対して、相手の話の腰を折ったり、「話を続けようとする意図や意欲」を挫いてしまったりするような、ある種の聞き手の発言が、その典型です。
たとえば、相手の発言の価値を疑ったり(例:「意味があるのかな?」)、自分の価値観を強調しようとしたりする発言など(例:「私の考えは違いますね」)は、真の意図やニーズがわからないうちに、発言者の言葉に被せるべきものではありません。円滑なコミュニケーションが阻害され、リモートの場合は特に、貴重なコミュニケーションの時間を無駄にしかねないでしょう。
四季:もちろんコミュニケーション・ストッパーになるかどうかは、発言のタイミングの良し悪し次第というところもあって、TPOの問題でもあるわ。……それにしても、もう会議開始時刻をだいぶ過ぎてしまったわね。そろそろ会議を始めましょう。