スイス・バーゼルに本拠地を置く、グローバルヘルスケア企業であるノバルティスは、グローバル全体で企業文化の変革に力を入れています。ノバルティスの目指すカルチャーと企業内大学であるNovartis Learning Instituteが担う役割について、ノバルティスファーマ株式会社 高橋菜穂子さん、トム・メイーズさんと弊社 L&D事業本部 執行役員の小原が対談しました。
高橋 菜穂子
政府系機関、コンサルティング業界を経て、2009年ノバルティスファーマ株式会社(スイス系製薬企業)に入社。
人材・組織開発部長などを担当後、2019年に企業内大学“Novartis Learning Institute”の立上げに関わり、その責任者に就任。
2020年9月より、ノバルティスファーマ・ポルトガルの人事統括責任者。
幼少時代にブラジルに在住し現地校に通った経験から、多文化への関心が抑えがたく、大学時代はバックパッカー旅行者に。趣味は各国の市場・スーパー・屋台巡り。
トム・メイーズ
京都府庁、ブリティッシュ・カウンシル、外資製薬企業においてタレントマネジメント施策の企画等の責任者を経て、2020年2月よりノバルティスファーマ株式会社に入社。
企業内大学“Novartis Learning Institute”のシニアラーニングパートナーを担当後、2020年9月より同責任者に就任。
英国マンチェスター出身。ケンブリッジ大学東洋学部卒業。IE Business School(スペイン)MBA。
日英間の高等教育における交流を促す活動に携わった経験から教育に対して強い想いを持つ。
趣味は登山(百名山全山踏破まであと38座)。
キュリオシティ・カルチャーの土台となる3つの要素
小原:ノバルティスが目指すカルチャーについて教えてください。
高橋:ノバルティスでは、常にイノベーションが生まれ続ける組織を目指して、二年前からInspired, Curious, Unboss(インスパイア、キュリオス、アンボス)の3つのキーワードをベースにしたカルチャーの醸成に取り組んでいます。
インスパイアは自分自身だけでなく相手にもいい影響を与え、お互いに刺激し合っていくこと。キュリオスは、自分と他者に好奇心を持ち、相互作用でイノベーションを生み出していくこと。アンボスは、ボスの反意語の造語ですが、組織として、ヒエラルキーではなく誰もがリーダーになって、同じ目的に向かって自律的に行動し、ミッション実現のための取り組みを進めていくことを意味しています。
この3つが土台となり、キュリオシティ(好奇心)を持った人たちが自由に動き回ることでお互いにインスパイアされ、新たなものが生み出されていくような組織カルチャーの醸成を目指しています。
トム:企業内の人材開発について、多くの企業が、一部の社員に研修をアサインし、アサインされた人にしか学びの機会が与えられないというトップダウン型の育成方針をとっているのが現状です。キュリオシティ・カルチャーでは、自分の意思で自由に、幅広く学べるというスタンスをとっています。
何かを学ぶ際に、学習するモノやコトに対するキュリオシティだけでなく、人に対するキュリオシティも重要です。チームで新しいことに取り組む時に、チームメンバーで出し合ったアイデアを否定するのではなく、耳を傾けて受け入れる。その上で自分の意見を言う。それが重なるとイノベーションが生まれていきます。相手や相手の意見から学ぼうとする姿勢、そうしたコミュニケーションスタイルはキュリオシティの象徴だと思っています。
Novartis Learning Institute (NoLI)が担う3つの役割と今後の展望
小原:ウィルソン・ラーニングのプログラムの中で、コラボレーションを生み出すために、「Listen to Learn」「Express to explore」「Integrate to Innovate」という3つの原則があるよという話をしています。今の「人に対する好奇心」のお話は、特に「Listen to Learn」のところで通じるものがあり、親和性を感じました。お二人が所属する企業内大学Novartis Learning Institute(以下、NoLI)が担う役割と具体的な取り組みを教えてください。
高橋:私たちに期待されている役割は3つあります。1つ目は、インスパイア、アンボス、キュリオスの組織風土を築き、組織を率いるリーダーシップの開発。2つ目は、リーダーシップだけでなく、プロとしてどこに行っても通用するポータブルスキルの習得とエンプロイアアビリティの開発。3つ目は、業務に関連するスキルの習得にとどまらない、多言語、データサイエンス、経済学、リベラルアーツなど「何でもあり」のあらゆるプログラムの中から自由意志で選択できる学びの提供。この3つを組み合わせて、世界のどこにいても学びたいものを学べるようにするというミッションがベースにあります。
さらに日本では+αで面白いことを提供したいと思い、たとえば日本の大学とのコラボレーション授業を社外で行ったりしています。また、日本のゲーミフィケーションやテクノロジーを使って、リーダーシップ育成に関わるゲームを開発し、オープンアーキテクチャーにして学生や企業のさまざまな人たちに体験していただきたいと思っています。
小原:NoLIの今後の展望について教えてください。
高橋:日本企業の持つ階層別研修という概念を崩して、個々の人材に合わせた個別支援型に変えていきたいです。人によって学ぶべきチャレンジポイントや伸ばしていきたい分野は違うはずですから、自分に必要なものを考えて学びたいものを選択し、マネジメントや会社はそれを支援する。それから、もっと世界に羽ばたいて行って欲しい。国境を越えてもっと自由に自分らしく広い世界に貢献できる人たちが増える機会を提供したいです。
トム:定期的な集合研修ではなく、もっとアジャイルにラフにインフォーマルに対話の場を提供したいですね。常に対話し続けることが大事だと思っています。ノバルティスは大きなグローバルネットワークを持っていますが、ラーニングにまだ活かしきれていない。中国や南米のMRの話を聞くことで日本のMRにも大きな学びがある。日本では自治体と医療機関が提携してイノベーティブな取り組みを行っています。そうした知識や事例を共有して、グローバルスケールで学び合うカルチャーを作っていきたいです。
また、日本は文化的に自らの学びや成功体験を発信する人が少なく、遠慮してしまう傾向があります。日本の医療制度や加速する高齢化は、多くの国にとって学びになります。自信を持って学びをアウトプットし、グローバルの同僚と共有する場をNoLIとして提供していきたいです。
自由に発想を広げる大人の自由研究とは
小原:今年の4月から6月にかけて5回にわたり「Enhance your Intra-personal Diversity 〜大人の自由研究〜」というプログラムを共催しました。なぜ、「大人の自由研究」というプログラムを入れたのでしょうか?
高橋:パイロット版を実施したのは、2019年の9月なんですが、ウィルソン・ラーニングさんと開催プログラムの相談をした時に、子どもの夏休みの自由研究のプロジェクトの話題になって、「自分の好奇心に対して素直に」という大切にしている価値観が、NoLIが考えている価値観と共通点があると感じたことと、「自らの意志で学ぶ、自ら動いて学ぶ」というコンセプトがいいなと思ったことがきっかけになりました。それは、大人にも応用できるし、大人にこそ大事だなと思ったというのもあります。
小原:業務に対して効果があるから学ぶということでなく、自分の内側にモチベーションをもって学ぶ、自分でテーマを決めて学ぶということが、仕事が忙しかったりして案外難しくなっているという話もしましたね。単線的なキャリアに対する考え方に対しても、自分の興味関心に対してもっと敏感になる、意識を向けるきっかけになるかもしれないという話もしましたね。
高橋:キャリア開発につながる可能性も感じましたね。自分の好奇心のありかを探求するインタビューの時間がありましたが、「今、何の制約もなければ、どんな仕事をしていたい?」と改めて問いかけられると、「旅の案内人」、「新しいテーマパークを作りキャストをやる」など、様々な意見が出ます。今の仕事の中で実現できることもあれば、現職で働く以外の時間をつかって新しいことにチャレンジすることもできる。心の中に留めているものをオープンにしたどうなるのだろうという好奇心から、大人の自由研究とのプログラムを開催することにしました。
小原:トムさんは開催の準備期間から一緒に進め方を考えて、進捗を共有してお互いに学び合うことも含めて伴走してくださっていました。開催した感想を教えてください。
トム:大人の自由研究を通じて、大人が日常で忘れてしまいがちな、「自分に素直に、自由に好奇心を持ち、キュリオシティ・カルチャーの根っこの意味を体験すること」ができると思いました。その過程で生まれた気づきから、幅広く学んでいく精神や姿勢につながるのではないかという期待もありました。
開催して良かったのは、キャリアについて悩んでいた参加者に変化があったことです。開催後に「自分が今後どうしたいのか見えない状態でしたが、これからやりたいことが見えてきてスッキリしました」とコメントをもらいました。ダイレクトにキャリアについて考えるよりも、個人内多様性というキーワードをもって自ら学ぶことで、遠回りかもしれないけれど、キャリアについて見つめなおすことができるのだと思います。
そして、大人の自由研究は、自分の業務から一歩引いて「自分が本当に何をしたいのか」を考えるきっかけになります。キュリオシティを高めることが目的でしたが、結果的にインスパイアにつながり、仲間にインスパイアされて自分のパーパスは何かが見えてきた。これはとても嬉しい成果です。
小原:このプロジェクトを通して、ノバルティスの目指すキュリオシティ・カルチャーに触れ、その目指す生き方、学び方、働き方に感銘を受けました。4月のテーマは、「New way of Working, New way of Learning」でしたが、参加者の方の声を聴いても、間接的にこのテーマを考えていただいていたように感じました。今後も一緒に実験的な取り組みができればと思っています。
では、最後に、NoLIの今後の可能性や目指す取り組みについて教えてください。
トム:業務に関係のない研修に参加することへの上司の反応やそもそも参加していいのか気になり、遠慮や躊躇している方もいました。それは我々の目指しているキュリオシティ・カルチャーが完全に醸成しきれていないことだと思います。大人の自由研究に集まった好奇心を持った人たちが種火になって自分たちの組織に戻り、その種火が大きく広がっていく。同僚やマネージャーに働きかけて幅広く学ぶ意義を伝えるアンバサダーになって欲しいと思います。
自分の組織の中で自由研究をする機会を作る、社内のラーニングリソースを活用してチームの一人ひとりが自分の好きなコースを学びに行き、チームに戻って学びを共有するなど、ボトムアップで学びが立ち上がるような組織になることをサポートしていきたいですね。
高橋:そのカルチャーをベースに、世代や立場や国境を越えて共に学び合い、還元し合う機会を創出したいですね。日本のNoLIという限定的な話ではなく、グローバルな環境で学ぶということに意識を向けられるように環境を整えていければと考えています。NoLIは、グローバルなチームで、その提供するプログラムには、広い世界の中での「今の自分」を認識できるプログラムもあります。日本だと、「このプログラムに適切な対象層は誰ですか?30代くらいのファーストラインマネージャーでしょうか?」と外形的な条件を聞かれるのですが、そういうマインドセットを崩していきたい。会社からアサインされるのではなく、自分にとって必要なリソースを自分で選ぶような環境を作っていけたらと思います。誰にとっても明日は何が起きるかわからない時代、一人ひとりがリーダーシップを発揮する状況になっていきますよね。それぞれが歩んできた人生経験から刺激し合い、学び合う場の提供を目指していきたいですね。
<対談を終えて:ウィルソン・ラーニングのまとめ>
今回の対談では、ノバルティスファーマ株式会社が目指すカルチャーを実現するために、今、どんな活動をしているのかというお話を伺いました。
また、NoLIの学びのプログラムのひとつとして実施した「大人の自由研究」についてもお話を伺いました。
キュリオシティ・カルチャーという観点から、改めて2か月間の実践について振り返ることで、「自ら決めたテーマに基づいて、仲間と共に、相互にフィードバックをし合いながら学ぶ」という学びのプロセスの親和性、また、それがキャリア開発やリーダーシップ開発につながるセルフアウェアネスにつながっているということも確認することができました。
ウィルソン・ラーニングでは、一人ひとりの学ぶ力を開放する、「これからの学びのカタチ」をつくっていくための情報提供・取り組みをこれからも行ってまいります。