『97.6%』
これは、厚生労働省と文部科学省より発表された大卒者の就職内定率です(2019年3月卒業者対象)。
ここ数年、新卒者は完全な売り手市場であり、この傾向は今後も続くでしょう。
しかし、新卒者の3年以内の離職率も大卒者で30%前後(厚生労働省:「新規学卒者の離職状況」2018年10月現在)と、多くの企業を悩ませています。
そうした中で、各社が新入社員の育成環境整備として真っ先に取り組んでいる施策があります。それが『OJT』です。
OJTが日本企業の支えとなった理由
ご存じの通り、OJTとは「On the Job Training」の頭文字を取ったもので、仕事に必要な知識やスキルを、上司や先輩社員などのOJTリーダーが実務を通して指導する育成手法です。新たな人材を短期間で即戦力に育てることが期待できるため、多くの企業で採用されています。
OJTの起源は1910年代後半のアメリカにあるといわれています。当時、アメリカ国内にあった61ヵ所の造船所では5,000人の作業者が従事していましたが、第一次世界大戦の勃発により10倍の作業員が必要となりました。ところが当時のアメリカには、それだけの人数を育成する訓練施設がありませんでした。そこで要員訓練の責任者であったチャールズ・R・アレン氏は、
① 手本を見せる(Show)
② 説明する(Tell)
③ やらせてみる(Do)
④ 確認・追加指導(Check)
という4つのプロセスからなる「4段階職業指導法」を開発し、造船所の現場監督を指導者として大量の新人育成を現場で同時に行うことに成功しました。これがOJTの原型です。
そのOJTが日本に定着したのは、戦後の高度成長期を経て市場が拡大を続けた1970年代です。
「作れば売れる時代」が、第一次世界大戦当時のアメリカにおける造船所の成功事例を求めたのは必然でした。
右肩上がりを続ける需要に応えるためには、実践的な育成環境の中で即戦力を育てるしかない。これが、OJTが日本で急速に展開された背景です。
なぜ、OJTは変化を余儀なくされたのか?
しかし1980年代後半に入り、商品やサービスの価値が「量」から「質」に転換したことで技術の高度化が進むと、そのスピードに人材育成が追い付かなくなりました。
既存のノウハウを短期間で詰め込むだけの実地訓練では、自ら創造し、アイデアを出せる人材を育てられなかったのです。
それでもまだ、終身雇用が前提とされた時代には、教わる側の理解度に合わせて教える時間的な余裕がありました。しかしバブルが崩壊し、多くの企業が成果主義へとシフトすると、終身雇用制度も見直しの対象となります。
各企業は新規採用を控え、育成のためにOJTリーダーが随伴する時間までをも削減コストの対象としました。
さらに買い手有利の採用市場を逆手に取り、人件費抑制の手段として、本来OJTリーダーとなる立場の人材を切り捨てる企業まで現れ始めたのです。
こうなると、もはや人材育成どころではありません。高度な技術や品質を支えるわずかな社員と、与えられた仕事をこなすのがやっとの若手社員だけでは、提供できる「質」におのずと限界が出てきます。
そして最近では、「セクハラ」や「パワハラ」が社会問題となり、これに巻き込まれるのを恐れたOJTリーダーとなる人材が、部下の育成に二の足を踏むケースも増加しました。このことも、OJTリーダーを担う人材の不足と併せてOJTによる人材育成が難しくなった要因のひとつです。
このように、日本経済を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中で、高度成長期の人材育成手法のままでは機能するはずはありません。
OJTが定着した1970年代と今では、経済状況や市場動向、企業の組織構造も大きく変わってきています。育成手法の形態や考え方が変化を余儀なくされたのも、当然の結果と言えるでしょう。
「育てる組織」から「育つ組織」へ
OJTの基本的な考え方とされてきた「4段階職業指導法」は、大勢の新人育成をまとめて行うのに適した手法で、景気拡大の場面、あるいは膨大な需要に応えるには大いに有効的と言えます。ですが、ニーズの多様化が進む現在の日本市場において、既存の知識・ノウハウの伝達を画一的に行うだけでは、育成として不十分です。細分化するニーズに応えていくには、何より創造する力が求められるからです。
さらにさまざまな働き方・就業形態が混在する組織においては、特定のOJTリーダーによるマンツーマン形式での育成を数ヶ月、数年と続けることが難しくなってきました。
そもそもOJTリーダーに指名されるような人材は、事業の中核を担っているケースが大半で、その多くは「じっくり指導したいけど時間がない」という悩みを抱えています。そうした状況下で新人の成長を促すには、「自ら考える」プロセスが欠かせません。
企業としても、求めているのは「言われた仕事をこなすだけ」ではなく、「自ら考え、行動する」人材のはずです。そのためには、OJTの在り方から見直さなければなりません。重要なポイントは、
- 「自ら考える習慣」を身に付けさせるOJTに切り替える
- 人材育成を組織的に取り組む
- OJTリーダーを育てる環境をつくる
の3点です。
たとえばある企業では、「先輩は後輩が自律成長するためのサポーターである」という考え方のもと、仕事を教えるのではなく、自律を促すのが先輩としての役割とされています。
「それが終わったら、次はこれをやって」と仕事の手順をインプットするのではなく、「それが終わったら、次は何をすればいいと思う?」と問いかけることで、自ら考える機会を常に与えているのです。
またその企業のある部署では、部下が上司に話しやすい環境をつくるため、一般的には上座に置かれる上司の席を誰もが通る通路側に配置しただけでなく、その脇にキャンディーなどを用意したテーブルを設置したそうです。これはリラックスしながらコミュニケーションを取れる場所をつくることが目的であり、組織全体で人材育成に取り組んでいるのがうかがえる事例です。
もちろん、どれだけ組織ぐるみでフォローしても、OJTリーダーの指導力が低ければ人材は育ちません。
中堅社員の存在を軽んじて組織の空洞化を招いた過去を繰り返さないためにも、OJTリーダーを育てる環境の確保は不可欠です。
育成育成に割ける時間が限られるなか、効率よく、的を外さない指導を行うためのポイントはどこにあるのか。自ら考え、行動する習慣を身に付けさせるには、どのようにコミュニケーションを図るべきか。そうしたことをOJTリーダー自身が学ぶ場を提供しつつ、組織全体でフォローする仕組みをつくる。
そうすることで「育つ組織」が生まれます。
そして私たちが考えるべきは、そのために「具体的に何ができるか」です。
抱える課題は企業によって異なるでしょうが、OJTの成果がOJTリーダーの力量に左右されることを考えると、まず取り組むべきはOJTリーダーの育成なのかもしれません。
参考
- Allen, Charles R (1919) The instructor, the man and the job, Philadelphia London, J. B. Lippincott company.
- 90年代の日本経済と金融問題